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経済ジャーナリスト 片山修 | Osamu Katayama Official Website

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ブッシュ政権はアメリカン・ドリームを維持できるか――原田和明『ブッシュの米国経済』日本経済新聞社

<現代版〝コロンブスの遠洋航海〟が、意味するものは?>

「アメリカの経済政策は、まるでコロンブスの遠洋航海のようなものだ」

ヨーロッパ人が、そういっているという話を、昨年暮れにニューヨークで聞いた。

どういう意味かといえば、いまのアメリカ経済政策は、500年前のコロンブスの遠洋航海と同じように、どこへ行くのか目的地が定かではない。しかも、コロンブスの遠洋航海費用がすべて〝部外国〟持ちであったように、いまのアメリカ経済も財政赤字を外国からの借金で補填しているというのである。

ヨーロッパ人のアメリカに対する相当ワサビのきいた批判といえる。

しかし、これを聞いたアメリカ人は黙っていなかった。こう反論したという――。

コロンブスといえば、アメリカ大陸を発見した大変な冒険家で、創造的な男である。コロンブスのアメリカ大陸発見によって、16世紀のヨーロッパの人たちは〝新世界〟を知り、どれだけ刺激を受けたかわからない。

むろん、アメリカ経済の財政と貿易の〝双子の赤字〟がいいとはいわない。けれども、アメリカ経済そのものは決して悪くはない。インフレーションはとっくに退治されたし、失業率も低くて、ほぼ完全雇用を達成している。しかも、もっか数パーセントの経済成長さえ続けているではないか。みなさん、二言目には双子の赤字だとおっしゃるが、そもそもあの成り上がり大国ニッポンの国家財政も、かなり赤字なのをご存じか。財政赤字はアメリカだけではないのですぞ。ただ、ニッポンの場合、アメリカに比べて国民の貯蓄率が高いから、国家が借金をしていても問題がないのは確かだろう。

しかし、アメリカにしても、赤字だ、赤字だと明日にも破産するかのように大騒ぎされるが、かの成り上がり大国は、カネ余りとかでアメリカの国債をたっぷり買ってくれる。なぜだとお思いか。アメリカの国債に値打ちがあるから、買ってくれるのだ。アメリカの国がつぶれるとは思っていないからだ。

つまり、コロンブスの遠洋航海ほど創造的であるかどうかは別にして、双子の赤字を抱えながらも、70カ月以上も景気上昇を続けているアメリカ経済は、相当冒険的要素を含んでいるのではないか、という次第である。

<貯蓄増強をめざしたレーガノミックスの効果は、ウラ目に出た>

こんな小ばなしを仕入れて帰国したあと、手にしたのが、原田和明著『ブッシュの米国経済』(日本経済新聞社刊)である。

著者の原田氏は、現在、三和総合研究所の専務兼三和銀行取締役で、根っからの銀行マンだ。実務家だけに、その解説ぶりは平易でわかりやすい。

プロローグを読むと、こんな言葉が目に飛び込んでくる。

「いま、世界経済を揺るがす大爆発のエネルギーを蓄積しつつあるマグマは何であろうか。むろんさまざまな問題が予想されるが、私は特に3つの点を挙げたい。その第一は、いうまでもなくアメリカの巨額かつ持続している財政と貿易収支の大幅赤字、つまり〝双子の赤字〟である。第二は発展途上国の累積債務問題。そして第三は原油情勢である」

この3つのマグマの中で、世界に最大のインパクトを与えるのはどれか。著者はいう。

「世界経済のかかえる最大のアキレス腱は何といってもアメリカの〝双子の赤字〟である」

それはその通りであろう。

ご存じのように、レーガン前大統領は、81年にホワイトハウス入りするやいなや、〝強いアメリカ〟の復活を掲げ、軍事力強化に乗り出すとともに、きわめてユニークな経済政策レーガノミックスを実行した。大規模な減税政策によって貯蓄を増強し、投資を促進してインフレを抜本的に退治する。さらに、ディレギュレーション(規制緩和)によって自由競争を促進し小さな政府をつくり、アメリカの活力を復活させようとしたのである。

その結果はどうだったのか。

レーガンの期待はウラ目に出たのである。減税は貯蓄を増強するどころか、消費を一層刺激した。それは数字が如実に物語っている。80年に7・1パーセントあった貯蓄率は、87年にはとうとう4パーセントを下回ってしまった。

貯蓄率が期待したように上昇しなかった背景には、「アメリカの税体系が日本とは対照的に消費促進・貯蓄冷遇型となっている点を見逃せない」と、著者の原田和明氏は解説する。

「86年の税制改革で多少は改善されたものの、当時は例えば、アメリカでは消費ローンによる借入金利の支払は所得税控除の対象となった。一方、利子・配当所得は総合課税された。個人年金の一部に免税制度はあったものの、日本(特にマル優廃止前の日本)と対比すると明らかに消費と住宅投資を優遇する税制となっていた。このため大幅な減税は貯蓄にまわらなかった。むしろ、国民は減税期待感から所得を上回る消費行動をとるパターンが身についてしまった」

また、貯蓄率が低下するいっぽうで消費が拡大し、それが商品の輸入を引き起こし、双子の赤字のもうひとつである貿易収支を一段と悪化させることになったというのである。

<アメリカ経済の問題は、利払いのために借金地獄に陥ることだ>

レーガン大統領は、レーガノミックスにおいて、なぜ、減税にこだわったのか。著者の原田氏は、こんなエピソードを紹介している。

レーガンまだ俳優だった第2次世界大戦中に、戦時特別所得税の最高税率は、90パーセントにも達した。このため、彼は、1年間にわずか4本の映画しか出演しなかった。それ以上働いても、ほとんど税金にもっていかれてしまうからである。

「税金が低ければ、人びとはもっと働き、税金が高ければ働くのをやめてしまうことを身をもって体験したレーガンが、後に大統領になったのは、アメリカにとって不幸な偶然であったかもしれない」著者は、そう述べる。

現代のアメリカ社会では、税率が低くなることは人びとにとって、働く意欲を喚起するものではなくて、消費意欲に直結するものだったのである。

実際、個人所得については、レーガン政権の8年間に約8000億ドルの税収減をもたらしてきた。ちなみに各年度の財政赤字のほぼ半分はこの減税の結果であるという。

早い話が、アメリカ人の過剰消費体質に対して抜本的政策が何ら講じられてこなかったわけである。

それでは、レーガン前大統領からブッシュ新大統領にバトンタッチされて、アメリカ経済は変わるのだろうか。

たとえば、87年末現在のアメリカの対外純債務、すなわち海外からの借金は、3670億ドルで、前年に比較して1034億ドル拡大した。経常収支の大幅な赤字が続くかぎり、90年代にアメリカの対外債務は1兆ドルを超すことは確実と専門家はみている。

いまのままの経済状態を続けていったら、アメリカ国民は、つらい立場に陥るだろう、と著者はいう。

「IMFの予測に基づけば、利払いの利子率を8パーセントとすると、87年時点より年間470億ドル程度余分にアメリカは海外の債権者に利息を支払わねばならない勘定になる。すると91年に貿易赤字が現在に比べて470億ドル縮小しても、経常赤字の額はいっこう改善せず債務が増加する」

この問題は現在の債務残高というよりも、利払いのために借金を重ねるという借金地獄に陥ってしまうことを意味するのである。

<子が親の時代の世界水準を下回るという、史上初の事態となるか?>

つまり、貿易利息相当分だけ黒字となってようやく債務残高の増加が止まるにすぎないのである。将来にわたって、アメリカ人が精一杯働いて貿易で稼いでも、その見返りはすべて海外の債権者にもっていかれてしまう。何とか債務残高を減らそうとすれば、それ以上に何かで補わねばならない。

「アメリカが今後この状態を脱出するためには、世界水準の引き下げも甘んじて受け入れて輸入を減らさなければならないという議論が生まれてきたのはこのためだ」と、著者は記している。

現実に、双子の赤字を放置しておけば、その解消を図るためにやがて耐乏生活を余儀なくされ、その過程でアメリカでは、史上初めて子が親の時代の生活水準を下回るといわれている。完全なるアメリカン・ドリームの終焉だ。

著者は、最後に「アメリカ再生の条件」について触れているが、「アメリカが将来的に『再生』する可能性についてやや悲観的にならざるを得ない」と語っている。つまり、アメリカ経済はコロンブスの遠洋航海みたいだという楽観論は許されないというわけである。

原田和明『ブッシュの米国経済』日本経済新聞社
『IMPRESSION』(1989年3月号掲載)

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