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経済ジャーナリスト 片山修 | Osamu Katayama Official Website

書評詳細0

書評本がいま受ける理由――吉本隆明『新・書物の解体学』メタローグ ほか

現在、1年間に出版される新刊書は約4万点にのぼる。1年で4万点とすると、1日平均およそ110点の計算になり、毎日毎日110点もの新刊書が生まれていることになる。すさまじい数だ。

しかも、この数は、毎年2、3%ずつ増えている中で、書評に取り上げられたり、新刊ガイドに掲載されるなどして、何らかのかたちで一般の目に触れる本は1割に満たないといわれている。

むろん、書店にも新刊書のすべてが並ぶわけではない。書店は売れる本しか置かないからだ。おびただしい数の本が出ていながら、一般の人々がそれらの本と出会う場は極端に少ないというのが、昨今の出版をめぐる実状なのである。

私たちはいま、本の洪水の中で、何を読んだらいいのかわからない、どんな本が出ているのかさえつかめないまま流されているといえる。だからこそ私たちは、本に関する情報や、何をどう読んだらいいのかという読書の指標を真剣に求めているといえるのだ。

今年6月に日本で初めての本格的な書評専門誌として創刊された季刊『リテレール』(メタローグ、1500円)は、創刊の夏号14000部、秋号16000部と、いきなり文芸各誌なみの部数をさばくなど大きな話題を呼んだのも、本の洪水に溺れかかった現代人が『リテレール』を読書の水先案内人として大歓迎したからにほかならない。

このところ、著名な評論家による書評本や、本を主人公に据えた本が次々と出版され、注目を集めているのも同様の理由からである。以下、6冊の本を紹介しながら、最近の書評本ブームを追ってみたいと思う。

吉本隆明著『新・書物の解体学』(メタローグ、 2500円)は、古事記から三島由紀夫、村上春樹、中島みゆきまで、そしてフーコー、ドウルーズ、バタイユなど、内外の書物70冊を著者が丁寧かつ大胆に解体、つまり読み解いた評論集である。「書評を理想的なイメージで描くとすれば、作家論とも作品論ともちがって書物を擬人化した物語をつくることに帰する気がする」と著者は述べているが、実際、著者のメスにかかったそれらの書物は遠い過去の知的遺産としてではなく、生きた「物語」として再生される。同書は読書案内というよりは、 むしろ書物とのより開放的で自由な関係の手掛かりを、読む者に与えてくれる書評本といってさしつかえないだろう。

読んでみたくなる本や読みもらした本を発見するためのガイドブックとしては、佐高信著『現代を読む 100冊のノンフィクション』(岩波新書、550円)、種村季弘著『遊誌記―書評集―』(河出書房新社、2200円)、また百目鬼恭三郎著『解体新著』(文藝春秋、1400円)などがある。

『現代を読む 100冊のノンフィクション』は、 辛口経済評論家として知られる著者が企業社会、臓器移植、暴力団、差別、国際関係、アジア、戦争、 教育など幅広いジャンルから100冊のノンフィクションを、一人の作者につき1冊という条件で精選して紹介している。ノンフィクションの時代といわれながら、何をどう読めばいいのか指標を見いだせない人々にとっては、鋭い切り口と適度な目配りをあわせもった待望の、ノンフィクションに関するガイドブックといえよう。

『遊読記―書評集―』は、著者が朝日新聞書評欄に書いた書評を集めたもので、125冊の本を91年から78年まで時代を遡るかたちで紹介している。無類の本好きと自他ともに認める著者だけに、わずか1000字前後でそのときどきの話題の本をバッサバッサと切っていく様子は、著者自身があとがきで述べているように「これはもう芸当というのに近い」のではないか。その芸当を楽しむのも、書評本の一つの読み方であろう。『解体新著』も雑誌に連載した書評を集めたもので、各種辞典、事典類から、歴史書に哲学書、国際紛争もの、推理小説、さらには『一杯のかけそば』 『愛される理由』など、85年から90年までの新刊書約90冊が紹介されている。軽い読み物から専門書、研究者向けの書物までを網羅し、優れた識見で批評した、まさに縦横無尽の新刊批評である。惜しまれて逝った著者の最後の作品でもある。

このほか、柏谷一希編『対談書評 歴史の読み方』(筑摩書房、2600円)は、編者が10人の対談者とそれぞれ1冊の書物についてテーマをもって語り合った対談書評集で、書物を手掛かりに歴史世界を読み解くという編集意図によって、知的刺激に富んだ内容となっている。書評集というよりむしろ日本文学批評に属するが、島尾敏雄、谷崎潤一郎、小島信夫、村上春樹、三島由紀夫ら6人の作家を3人の女性が手厳しく批評し論じる、上野千鶴子・小倉千加子・富岡多恵子著『男流文学論』(筑摩書房、1800円)も刺激的である。

活字メディアの海をいかに渡り、そして征するか、これらの本は新たな活路を与えてくれるにちがいない。

『リテレール』メタローグ
吉本隆明著『新・書物の解体学』メタローグ
佐高信著『現代を読む 100冊のノンフィクション』岩波新書
種村季弘著『遊誌記―書評集―』河出書房新社
百目鬼恭三郎著『解体新書』文藝春秋
柏谷一希編『対談書評 歴史の読み方』筑摩書房
上野千鶴子・小倉千加子・富岡多恵子著『男流文学論』筑摩書房
『小説すばる』(1992年12月号掲載)

 

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