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経済ジャーナリスト 片山修 | Osamu Katayama Official Website

書評詳細0

日本が真の豊かさを実現するラスト・チャンス――竹中平蔵『民富論』講談社

『阪神大震災では、日本の東西を結ぶ新幹線と高速道路の二大幹線があっけなく破壊された。かくも簡単に東西の交通が遮断されるとはだれが予想しただろうか。しかも、それにかわる第二の交通手段を持ち合わせていなかった。日本の社会資本がいかに貧しいか、はしなくも露呈したといえる。本書は、日本が真に豊かな社会を実現するためのラスト・チャンスを迎えているという基本的前提に立っているが、今回の阪神大震災を考えてみると、なにやら示唆的だといわなければいけない。

なぜ、いまラスト・チャンスなのかについて、著者は3点をあげている。一つは、一国の繁栄が全盛を極める期間はせいぜい35年程度であるということだ。日本は1960年代後半に繁栄期に入ったから、いま35年の繁栄期の終盤を迎えているという認識である。二つめは、21世紀を迎えて、経済成長と貯蓄率の変化で日本経済の姿が大きく変貌を遂げることだ。すなわち、90年代前半こそ日本の成長率は3パーセント強だが、後半はどうあがいても3パーセント弱に低下することを覚悟しなければならない。というのは、高齢化社会の到来によって貯蓄率が確実に減り、設備投資意欲の減退につながる懸念があるからだ。三つめに、自民党の一党支配が崩れた今日の日本はいまでこそ変革の機運にあふれているが、残念ながら、その機運はいつ までも続かない。したがって、ラスト・チャンスだという。

では、いま、われわれは何をしなければいけないのか。著者は三点を挙げる。第一に社会資本の充実。第二に日本型企業システムの打破。第三に新しい日米関係の構築である。たとえば、日本は貿易を通じて獲得した資産を主としてドル建ての資産に対して投資してきた。これは、極めて〝貧しい選択〟をしたという。ニューヨークに道路をつくるために 発行されるニューヨーク市債と、東京に道路をつくるために発行される国債の二つの投資対象があるとき、いくら国債より利回りがよくても、ドル建てのニューヨーク市債に投資することが果たしてべターかどうかを論じ、投資の私的利益と社会的利益の違いについて言及している。

また、社会資本を充実するには長期的に国民の税金を引き上げることは不可避であると指摘している。「そのためには、まず、政治家と官僚の間、つまり議会と行政の間に新しい緊張関係を生み出し、『増税に値する政府』を作るよう、真の政治改革を行なわねばならない」といっている。論旨は明快でわかりやすいが、 しかし、これを実行することは容易ならざることである。わけても、「増税に値する政府」を作るのは、今回の阪神大震災の政府の対応を見る限り、もはや絶望的といわなければならないだろう。

著者は現在、日本とニューヨーク市ウエスト・チェスターの間を行き来する生活を続けている。日米両国の経済政策を熟知した視点に加え、歯に衣着せぬ鋭い発言とバランス感覚が、米国から日本を俯職することによって生まれているといえよう。豊かさのない経済大国日本と経済力に見合った生活水準が確保された米国とのダブルスタンスが、「民富」の視点を生み出している。警世の書である。

竹中平蔵著『民富論』講談社
『中央公論』(1995年4月号掲載)

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