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経済ジャーナリスト 片山修 | Osamu Katayama Official Website

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英雄について考える――李志綏『毛沢東の私生活(上・下)』文藝春秋 ほか

日本は、国際社会において新しい責任と役割を果たすことが求められているが、必ずしもその期待に応えてはいない。その一つの原因は、リーダーの不在にある。コトを運ぶにあたって、米国が徹底したトップダウン型であるのに対して、日本はもともと現場主導のボトムアップ型である。したがって、これまで強烈なリーダーシップを必要としてこなかった。あるいは英雄を求めなかったといっていい。しかし、この先行き不透明な時代において、時代を引っ張るニューリーダーが求められているとはいえないだろうか。

現代のリーダーを求めるにあたり、内外かつ各分野のリーダー、英雄について書かれた本にあたってみるのも一興だろう。 時代はヒトを作るといわれているが、時代を画するリーダーには強烈な個性とカリスマ性が漂っている。とりわけ、それは政治家についていえるだろう。

その意味で、毛沢東はケタはずれの個性と強烈なカリスマ性を備えていた。毛沢東の主治医の李志綏『毛況東の私生活(上・下)』(文藝春秋、各2000円)は、その素顔を暴露的に描いている。毛沢東は歯を磨かず、風呂にも入らなかった。英雄色を好むの通りに晩年における若い女性に対するあくことなき漁色、そして猜疑心はとどまるところを知らず、「ついには文化大革命に到達するのである」という。

1958年に四川省の成都の郊外に滞在したとき、「プールに毒が入っているのじゃないかと思う」といって、水泳好きにもかかわらず、とうとう入らなかった。また、ソ連のフルシチョフ首相が泳ぎの心得がないのを知っていて、〝水中会談〟に誘ったりもした。さらに毛沢東は自分の許しなしに党幹部がいかなる手術も行ってはならないという不文律を作っていた。「昔からの医学的偏見からあらたまっていなかったのである」というが、ガンにかかった周恩来はついに手術が許されなかったと記している。

個性といえば、毛沢東のスケールにはかなわないが、日本でも個性豊かな政治家が、つい昨日までいた。その一人がロッキード事件に連座した田中角栄だ。角栄の元金庫番の佐藤昭子『私の田中角栄日記』(新潮社、1400円)は、昭和47年7月の自民党総裁選挙前日、「お前と二人三脚でとうとうここまで来たな」という角栄の言葉ではじまっている。田中はあるとき著者に対して、「お前はいいよ、女王なんだからな。俺なんか闇将軍だぞ。誰も帝王とはいってくれない」とこぼしたという。田中の波潤万丈の生きざまと人間的なエピソードがふんだんに語られているが、毛沢東が脂のこってりした中華料理とすれば、田中角栄はお茶漬けの味か。

日本にはもう一人〝妖怪〟と呼ばれた政治家がいる。戦前、革新官僚として満州国の産業開発をまとめ、東条内閣の商工大臣をつとめ、そして戦後にA級戦犯になりながら総理大臣になった岸信介だ。原杉久『岸 信介』(岩波新書、620円)は、岸の生涯と時代とをクロスさせながら、未公開資料などを駆使して描いている。たとえば、1960年6月19日午前0時の安保条約が自然承認された日、首相官邸は30万人の群衆に取り巻かれたが、そのときの模様について、「相変わらず打ち続くデモ隊の勢いを恐れるかのように、一人去りまた一人去り、ついには実弟佐藤栄作のみが岸とともにあった。首相官邸の警備に自信がないという小倉謙警視総監の警告を無視して『死ぬなら首相官邸で』というのが岸の心境であった」と記している。

米国大統領の素顔と高官たちが織りなす人間模様を描いているのは、ボブ・ウッドワード『大統領執務室』(文藝春秋、2500円)である。クリントンは自分の役割について、「船長に似ている」と答えているが、与党民主党実力者たちによって、彼の思いが骨抜きにされていく政治の内幕が詳細に描写されている。これを読むかぎり、クリントンがグレートな大統領だとは思えない。リーダーは世界的に小ツブになったということだろうか。

正力松太郎の実像に迫った、佐野眞一『巨怪伝 正力松太郎と影武者たちの一世紀』(文藝春秋、1500円)は、正力の傑出したプロデューサーぶりと同時にその猛烈なエネルギーを描いている。「惑星状に形成された〝影武者〟人脈の中心には、人を動かさずにはおれない正力の強大なエネルギーが理まっている。正力の事業はどれも、〝影武者〟たちをまきこんでなしとげた、核融合ともいうべき爆発的エネルギー反応がもたらしたものであった」と指摘している。プロ野球の天覧試合や街頭テレビなどに代表される興行が彼の有能な影武者によって発案され、実現されたことを綴っている。プロ野球、民法の始祖といわれる正力の実像に迫るノンフィクションだ。

斎藤貴男『タやけを見ていた男 評伝梶原一騎』 (新潮社、1800円)は、『巨人の星』や『あしたのジョー』などを生み出した梶原一騎の生涯を描いている。漫画の英雄たちが生まれてくる原点を知ることができる。

李志綏著『毛況東の私生活(上・下)』文藝春秋
佐藤昭子著『私の田中角栄日記』新潮社
原彬久著『岸 信介』岩波新書
ボブ・ウッドワード著、山岡洋一・仁平和夫訳『大統領執務室』文藝春秋
佐野眞一著『巨怪伝 正力松太郎と影武者たちの一世紀』文藝春秋
斎藤貴男著『タやけを見ていた男 評伝梶原一騎』新潮社
『小説すばる』(1995年4月号掲載)

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