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経済ジャーナリスト 片山修 | Osamu Katayama Official Website

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心を休めて自然を読む――野村圭佑『原っぱで会おう』八坂書房 ほか

江戸時代の日本人は、じつに遊び上手だった。江戸、大坂、京都などの都市を中心に発達した庶民の花見、江戸の隅田川べりや両国の花火、京都の鴨川べりの納涼川床、江戸の隅田川の納涼船、農閑期の湯治……。四季を通して、自然と交わり、生活のなかに自然を取り入れていた。江戸の人々が、自然ときわめて近い関係にあったように、現代の日本人も、上手に自然とつきあい始めたといえるのではないだろうか。

成熟社会を迎えた今日、人々は、再び自然に目を向け始めたといっていいだろう。今回は自然をテーマにした書を紹介したい。

野村圭祐『原っぱで会おう 愉快な水辺の生きもの観察』(八坂書房、1800円)は、身近な自然の観察記録である。ある日、偶然に、荒川区の隅田川沿いにある通称「デンカ跡地」を通りかかり、都会の片隅に自然が残されていることを知る。春は、ツクシ、オオイヌノフグリ、カラスノエンドウ、ヒバリ。秋は、ススキ、イスタデ、コオロギ、トンボ、モズ……。生き物ばかりではない。「この原っぱに来るようになって、よく空を見上げるようになった。そして、都会の真ん中の空にも、いろいろなものが見えることを知った」という。晴れた日の飛行機雲、筋雲、夕焼け空に浮かぶ富士山のシルエット。四季折々の自然の生態をやさしい言葉で記している。

奥本大三郎『楽しき熱帯』(集英社、1500円) は、昆虫を求めてアマゾンを旅する紀行文だ。ある日の探検では、蝶、甲虫、カメムシが小路の両側に色とりどりに群がっているのを目にする。「それを見ながら歩いていくと単に楽しいというより、心が豊かになるような安心感が身体の中に広がっていく。なんとも素晴らしい気分に浸ることができるのだ」と記している。ときに苛酷な自然にも対峙する。ありとあらゆるものを洗い流す熱帯のスコール、強烈な太陽に照りつけられた大地。「熱帯には、じっとものを貯える、あるいは死蔵するということがなく、栄養は生き物の体の中を絶えず廻っているのである。熱帯の生命の華々しさ、動植物の華麗さは、絶えず消費され、散財される生命の祝祭、生命の花火のような状態から来るものなのである」という。自然のサイクルのなかで生きる命の営みが克明に描かれている。

崎山克彦『何もなくて豊かな島——の小島カオハガンに暮らす』(新潮社、1250円)は、自然の中で暮らすことのすばらしさを描いている。フィリピンのセブ島の沖合十キロに浮かぶ島を退職金で買うところから話は始まる。350人の島民と生活をともにし、「今まで生きてきた環境から大きく離れた、価値観の異なる世界で生きてみたかったのだ。私は戦後日本が廃燼の中から立ち直り、急速 な経済復興をとげ、裕福な社会になった時代に生きてきた。生き生きとした良い時代だったと思う。しかし、物が溢れ、心のゆとりを失った現在の生活が良いとは思っていない。これからの自分のまだまだ長い人生を、そのままその中で生きてみたいとは思わない」と語る。著者がカオハガンの生活を通して、自然とともに生きる術を身につけていく姿か ら、現代人の喪ったものを読み取ることができる。

小宮宗治『週末・八ヶ岳いなか暮らし』(晶文社 1800円)は、定年を機に八ヶ岳に住まうことを決意、土地の取得からスタートした、いなか暮らしのノウハウがぎっしり詰まっている。土地の探し方、資金計画、暖房の成功例と失敗例、上下水道の凍結防止策、井戸の掘り方、食べ物の買い出しと保存、薪の入手法、諸経費一覧などが具体的に語られており、これから山小屋を建てようと考えている人にとっては、役立つことうけあいだ。

中尾真理『イギリス流園芸入門』(晶文社、2500円)は、素人園芸家を自称する著者が、小さな自分の庭を慈しみ、四季折々の庭づくりを楽しむ日々を描いている。「誰でも『庭づくり』をしていると、あたかも天地創造を行っている気分になる。たとえ、それがどんなに小さな規模であっても、庭づくりが多くの人に好まれる理由は、このようなところにある。園芸はストレスの発散に、ささやかな自己実現にも効果がある」と語っている。

飯田操『釣りとイギリス人』(平凡社、2400円)は、釣りの変化を16世紀から一世紀ずつ区切って論じている。それによると、釣りに潜んでいる精神を探ることによって、時代における自然と人間とのかかわりを窺い知ることができるというのだ。たとえば、1905年から16年までイギリスの外務大臣を務めたエドワード・グレイは、講演で「自然の楽しみ」について話しているそうだ。余暇の過ごし方の最上のものは、読書に次いで、戸外の自然のなかに楽しみを見いだすことで、その理由として、「一つは、ありふれた平凡なものに楽しみを見いだすこと、もう一つは、季節の変化のなかにものごとを再発見すること」をあげる。そして、釣りによって得られるのは自然を楽しむ才能とそれによってもたらされる至福である、と述べているのだ。自然と人間との関係を叙情豊かに語った書である。

野村圭佑著『原っぱで会おう』八坂書房
奥本大三郎著『楽しき熱帯』集英社
崎山克彦著『何もなくて豊かな島―—南海の小島カオハガンに暮らす』新潮社
小宮宗治著『週末・八ヶ岳いなか暮らし』晶文社
中尾真理著『イギリス流園芸入門』晶文社
飯田操著『釣りとイギリス人』平凡社
『小説すばる』(1995年10月号掲載)

 

 

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