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経済ジャーナリスト 片山修 | Osamu Katayama Official Website

片山修のずたぶくろⅡ

経済ジャーナリスト 片山修が、
日々目にする種々雑多なメディアのなかから、
気になる話題をピックアップしてコメントします。

地方中小企業のモチベーションの高め方――富田製作所⑤

中小企業トップインタビュー:富田製作所社長 富田英雄氏⑤


富田製作所の創業は、1951年です。縁あって、戦時中に大本営海軍参謀を務めた栗原悦蔵さんが、経営理念の作成を指南した経緯があります。

富田製作所の経営理念は、

「一、当社は板金工作を主とし、良質なる製品を作り、製品を通じて社会に奉仕する事を基盤とするものなり。」

に始まる五箇条で、「社運の繁栄とともに社員の幸福を願い」「世界一を目指して邁進されたし」など、大企業顔負けのものです。

中小企業が、「経営理念」を掲げる重要性についてうかがいました。

片山 富田製作所は、技術にこだわり、若手技術者を育てて技術を伝承し、新しいことに挑戦し続けることで競争力を維持している。ただし、それらを支える根底に、立派な「経営理念」を掲げ、それに基づいた経営をされていることがありますね。


※富田製作所社長の富田英雄さん

富田 富田製作所は、この「経営理念」ゆえに、存在意義があるんです。それを従業員に語って聞かせられるだけでも大きな意味があります。従業員は、経営理念に納得して仕事をしています。ただ、大切なのは、経営者が、誰よりもしっかりと経営理念に向き合い、解釈し、つねに考えていることですよね。従業員も、トップの考え方、伝え方次第で、経営理念を理解し、前向きなモチベーションをもつことができると思います。

片山 採用に際しても、経営理念は大きいですか。

富田 経営理念によって会社の在り方を宣言することによって、経営者は責任を担いますし、新入社員も経営理念を承知して入ってきます。そして、入社後は従業員全員で理念を守ろうとする。互いの信頼関係にもなりますね。

片山 従業員の団結力、経営者と従業員をつなぐ役割を果たすわけですね。

富田 目先の金銭の損得に惑わされていては、われわれのようなモノをつくる商売はできません。一方で、中小企業にとってもっとも大変なのは、業績の山谷が非常に激しく、しかも外部環境の山谷の影響を、強く受けるという点です。

片山 元々船が小さいだけに、波にはもまれやすいですよね。

富田 波にもまれたて本当に大変なとき、経営者と従業員らが、それぞれの部署で歯を食いしばり、一致協力して頑張っていけるか。それがいちばん大事な部分です。

片山 経営理念が、その団結の核となるわけですね。この理念がブレないことは、従業員の安心にもつながります。

富田 苦しいときにも「社員を大事にしてくれたよね」と、安心してもらえれば嬉しいですね。昔は、鉄の産業といえば社会から信頼されて、定年まで安心という時代でしたけど、いまは、若者はビル・ゲイツに憧れる時代ですからね。

片山 その時代のなかでも、富田製作所は後継者が着々と育っていると聞いていますよ。いま、身内が6人も入社しているそうじゃないですか。秘訣はなんですか。


※富田製作所古河工場

富田 “洗脳教育”ですね(笑)。子どもが幼いときから、「お父さんの仕事は楽しいんだぞ」と、嘘でも教え込む(笑)。

片山 はっはっは。それはそうですよ、「大変だ」と教えたら逃げられる。小さいころに工場の敷地内で遊ぶとか、仕事の現場を知っておくことも重要でしょうね。

富田 そうですね。うちの場合も、次の代をどうしていくかは、考えているところです。倅たちには、中小企業は、一人が何でもこんさないといけないんだぞ、と教えています。

もともと、私だって、五人兄弟の四男で技術専門ですからね。社長をやるつもりはなかった。事情があって務めていますが、正直、技術だけやっていたい(笑)。早く後継者に育ってほしいと思っています。まあ、あと10年は覚悟していますがね。

ただ、留守を預けられる人、工場を任されてくれる人は、もう育っています。入社して30年レベルのベテランたちです。彼らの存在は、従業員のモチベーションにもなります。頑張れば役員や工場長になれるということですからね。

片山 現場にしても、後継者にしても、人づくりは重要ですね。

富田 仕入れ先も発注元も大企業という環境で、間に立つ富田製作所がきっちりと仕事をこなしていくためにも、「技術」と「人づくり」は欠かせません。モノづくりは、嘘をつけないですからね。

片山 そういうことを、ブレずにきちんと次の代へ伝えていくためにも、経営理念は大事ですね。最近、感じるのですが、企業を知ろうと思ったら、あちらこちらとつまみ食いしてもダメですね。その企業の体温がわかるまで、何十年と付き合わないと。それだけ付き合えば、その企業のなかで「経営理念」がどれほど生きているかもわかります。

富田 企業は生き物ですからね。時代や経営者によって変化してしまう。いくら経営理念がしっかりしていても、その経営理念に経営者がきちんと対応し、理念を大事にしていないと、企業風土も変わっていってしまいますからね。

働き方改革がいわれますが、日本人の幸せの形は、高度経済成長期や「失われた20年」を経て変化し続けています。自らの成長実感や、社会の役に立っている実感など、さまざまなモチベーションの高め方があっていい。

大企業の社員には、大企業の社員なりのメリットがある一方、中小企業の社員にも中小企業の社員のメリットがあります。

例えば中小企業には、大家族のようなあたたかみがあり、人のつながりがあります。地方企業や中小企業であれば、比較的若くして、部長や経営層などの上のポジションに就くことができます。それもまた、中小企業のメリットの一つです。

「経営理念」に「社員の幸せ」を謳い、「技術」「人づくり」に注力してオンリーワン企業であり続ける富田製作所には、学ぶところが多くあります。
(連載終わり)

 

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