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経済ジャーナリスト 片山修 | Osamu Katayama Official Website

片山修のずたぶくろⅡ

経済ジャーナリスト 片山修が、
日々目にする種々雑多なメディアのなかから、
気になる話題をピックアップしてコメントします。

ホンダジェット参入で、日本の空は変わるか

ホンダは今日、国内で「ホンダジェット」の受注を開始しました。2019年前半の納入開始を目指します。丸紅の子会社、丸紅エアロスペースを販売代理店とし、ホンダジェットの新型機「ホンダジェットエリート」の販売、整備、機体の運用サポートなどのサービスを提供します。


※左から藤野道格さん、八郷隆弘さん、丸紅輸送機グループCEO常務執行役員氏家俊明さん、丸紅エアロスペース社長遠矢源太郎さん

ようやくここまできたか、というのが率直な感想です。ホンダのトップが、ジェット機の開発を指示したのは、1986年です。当時、日本には、飛行機の研究開発や、実験機を飛ばすための環境は、整っていなかった。

それなら、環境の整ったところへいけばいいと、5人の若者が日本を飛び出し、渡米した。それが、ホンダの飛行機開発の原点です。5人のなかで最年少だったのが、ホンダジェットの開発者であり、ホンダエアクラフトカンパニー社長を務める藤野道格さんです。

ホンダジェットの実験機の初飛行は、03年でした。06年に北米で受注を開始。15年末から納入を開始し、北米を皮切りに、いまや欧州、中南米、東南アジア、中国、インド、中東など世界67か国で販売しています。

ホンダジェットは、燃費、上昇率、最大巡航高度、最大巡航速度などでクラス最高と、性能は「世界一」を誇り、2017年にはデリバリー数でも「世界一」となりました。つまり、日本を飛び出してから32年を経て、「ホンダジェット」は「世界一の飛行機」となり、ようやく母国に“帰って”くる。感動的なストーリーです。

が、それにしても、長かった。なぜ、ホンダジェットの日本投入は、これほど遅くなったのでしょうか。

まず、市場の優先度が高くなかったんですね。日本はビジネスジェット市場が小さい。北米のビジネスジェット機の保有機数約1万3000機に比べ、国内のそれは90機弱といいます。普及に向け、空港の発着時のビジネスジェットの優先順位を引き上げたり、発着枠を拡大するなど、国も環境面の整備に力を入れていますが、まだまだこれからなんですね。

さらに、ユーザーの精神的な壁があります。日本人はいまだ、ビジネスジェットに対し、「金持ちの道楽」「ぜいたく品」といったイメージがあり、本来ビジネスジェットを使うべき人たちも、世間の目を気にして二の足を踏むといわれています。

ほかにも理由はありそうです。私は昨年、ホンダジェットの開発物語『技術屋の王国 ホンダの不思議力』(東洋経済新報社)を上梓しましたが、その取材のなかで、いろんな話を耳にしました。

例えば、欧州やアジアなどでは、米国の型式認定の書類がそのまま使えるけれど、日本の官僚は英語ができないので、書類について事細かに説明が必要になる。それから、航空局といっても、日本の航空局は航空機の知識がなさすぎる。さらに、何をするにも手続きが遅い――などなど。ホンダジェットを日本で販売するためには、さまざまな壁があったということですね。

ホンダ社長の八郷隆弘さんは、今日の会見の席上、「私から、藤野に少し無理もいいました」とコメントし、「早く日本で出そうということで、彼も大変ななかで、日本の認可の取得などの準備を早めにやろうとお願いしました」と話しました。先月、航空局に型式証明申請をしたそうです。


※ホンダジェットエリートのモデル

16年2月、藤野さんにインタビューした際、日本市場について次のように話していました。
「日本はビジネス上の優先順位は高くないけれど、日本にも買いたいという方は多くいて、その期待に応えたい。日本人なので、そこは、ジレンマがあるんです」――。
このたび、ようやく、そのジレンマも解消されるわけです。

日本市場投入のねらいについて、藤野さんは、記者の質問に答えて次のように話しました。
「ホンダはいつもそうですが、既存の置き換えだけではなく、新しい市場をつくり上げるのが大きな目的です。周辺事業も含めて、ホンダが参入して新しいビジネスジェットの地位をつくりあげ、新しい交通システムの試金石になることを、大きな目標としています」

彼は、あまり感情を表に出さない人ですが、今日は、明るい表情が印象的でした。

グローバル化やIT化、ネットワーク化の進展によって、ますますビジネスのスピードが速くなるなか、経営者の時間の使い方は、かつてよりずっと重要になっています。有効に時間を使うために、日本の経営者は、もっとビジネスジェットを活用していい。むしろ、活用しないほうがグローバルスタンダードから外れていて、不自然なんです。

ホンダジェットは、日本人にそのことを気づかせ、日本の空を変えることができるか。国内のホンダジェットの売れ行きは、日本人の意識を変えられるかにかかっているともいえます。

ホンダジェットの開発ストーリーは、前述の拙著『技術屋の王国 ホンダの不思議力』(東洋経済新報社)に詳述しています。この機会に、ぜひご一読ください。

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ホンダジェット日本人第一号の真相(2015年9月掲載)

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