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大変身を決断する姿を描く ドキュメントタッチで興味深く――長谷川孝著『新日鉄は何をめざすか』福村出版
新日鉄は、62年1月に室蘭、釜石など高炉五基の火を消して、1万9000人の要員を削減する大合理化案を発表した。さらに、同2月には中期経営計画をまとめた。1995年に売上高4兆円を達成し、そのうち製鉄事業を現在の8割から5割以下に落として、新しくエレクトロニクスおよび情報通信の分野で2割、都市開発で1割を稼ぐという内容である。
つまり、生き残りに賭けたリストラクチャリング(企業再構築)に向けて、新日鉄がいよいよ動き始めたのである。その新日鉄の大変身を決断する姿を、ドキュメントタッチで描いたのが本書である。
たとえば、各地の高炉が次々に消えていく中で、君津製作所だけは、稼働中の2号、3号高炉に加えて、62年には4号炉が新たに稼働する。なぜか。4号炉の目玉は、AI(人工知能)を利用した高炉操業監視システムにあるが、同システムの開発の模様を、本書は興味深くかいている。
昭和30年までは、各製鉄所には「宿老」と呼ばれる高炉の職人がいた。彼らは、高炉に空気を吹き込む羽口近くの小さなのぞきまどから、炎の色をみて操業の指示をあたえた。ところが、40年代になると、炉内の状態をとらえるセンサーが開発され、宿老が姿を消した。
著者は、次のように記している。
「高炉のオペレーション・ルームは、まるで原子力発電所の管制室である。1000個のセンサーがもたらすデータは1500項目にも及び、ディスプレーやプリンターから24時間休みなくはき出される。
オペレーターは、チーム3人。うち2人がデータを絶えず監視し、1人が操業の指示を出す。(略)データの変化を瞬時に読み取り、炉内で起こっていることを予測し、事態の大小の評価を下す。そして素早く行動に移す。こうしたオペレーターの仕事には、きわめて高度な熟練が要求される」
ただ、オペレーターの技術にもバラつきがある。そのバラつきを何とか平準化できないか、トラブルを未然に防げないか、という動機から人工知能高炉が開発されたという。
「人工知能システムは聖域の判断業務でさえ、人間の手から奪ってしまう。かつて限りないほどの雇用を産みだすとされていた製鉄所、そのシンボルである高炉。そこから全く人がいなくなってしまうというのも、もはや空想の世界ではない」著者は、そのように述べている。
新日鉄は、このように生き残りを賭けて、いま徹底した合理化を図っている。
いっぽう、脱本業を目ざして、エレクトロニクス、情報通信などの新期事業への展開も行っている。たとえば、4月に新しく生まれた日鉄超硬会社の発足式の様子を、著者は紹介している。式の席上、「伊達政宗ではありませんが、出陣を前にした心境です」「製造現場で磨いた腕を、今度はサービスに役立てたいと思います」などと、新日鉄マンたちは決意を語ったという。
新日鉄の変身の姿を知るには、格好の書物だが、あえて注文をつけるとしたら、大転換にあたって苦悩するありさまについても、もうすこし、触れて欲しかったと思う。
長谷川孝著『新日鉄は何をめざすか』福村出版
『週刊読書人』(1987年12月14日掲載)