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経済ジャーナリスト 片山修 | Osamu Katayama Official Website

旅・夢風景

片山修が旅について語る。
日本各地の写真とコラムによる「旅夢風景」

浜からの秋風に吹かれ 往くは日本海美食本線


新潟は村上鮭で始まる 美食三昧にノドも腹も鳴る

演歌のタイトルをもじっていえば、今回の旅は〝食べ尽くし美食本線日本海〟である――。

まず訪れたのは、新潟県村上市だ。城下町・村上の名物とくれば鮭だ。すでに平安時代には、朝廷に献上されていたというくらい村上の鮭の歴史は古い。

時あたかも、村上市内を流れる三面川(みおもてがわ)に鮭が上るシーズンである。とりわけ、11月から12月にのぼる鮭が一番美味しいという。ましてや、村上で獲れる鮭の年間総量は、北海道の一日分に過ぎない。だとすれば、じつに貴重な鮭といわなければならない。もう、ノドがなるではないか。

村上で昔の面影を残すのは大町、小町界隈だ。いかにも城下町の風情が漂う。その一角に芭蕉が宿泊したという「井筒屋」がある。現在は、鮭料理屋を営む。芭蕉も、村上の鮭を堪能したのだろうか……。

次に向かったのは、江戸時代から続く、創業270年の老舗料亭「能登新」。

「村上の鮭は、昔から〝塩引き鮭〟です。塩を鮭の逆目にすり込んで一週間から十日間寝かすんです。そのうえ、塩抜きするため、水につける。その後、必ず尻尾の方から数週間、吊るして干すんですね」と、能登新の十一代目の若旦那の山貝誠さん。

彼によれば、村上の鮭料理は百種類以上あるという。出てきたのは、二十種類の鮭のコース料理である。「塩引き鮭」を筆頭に、「卵皮煮(こかわに)」、「氷頭なます」、「酒びたし」、「ルイベ」、「焼漬け」、「どんびこ白焼き」……などなどだ。まさに、鮭の〝食べ尽くし本線〟である。

「塩引き鮭」は、身をほぐし、口に持っていくと、かすかな香りが鼻孔をくすぐる。魚とは思えないほど、じつに芳ばしい。山貝さんの説明によると〝熟成香〟だという。と同時に、口中に甘味が広がるのである。旨味だ。こういうと色気がないが、旨味の正体はアミノ酸だ。いやあ、名物にうまいものなしとは、大嘘ですな。

「卵皮煮」は椀物である。鮭のスリ身を山芋、皮をゆでた汁でのばし、ゆで皮とはら子(卵)を入れた汁物だ。これは、上品なお味でした。「酒びたし」は、塩引き鮭をそのまま干して天然燻製にし、うす切りにしてみりんをかけたものだ。あえていえば、カラスミのようでした。日本酒が欲しくなりましたね。そして、「どんびこ白焼き」は、鮭の心臓を白焼きにしたもので、醤油をかけていただく。珍味そのものである。

それから、村上のもう一つの名物は、村上牛。この日は、お寿司屋でいただきました。村上牛を育てる農家はいまや十軒ほどで、幻の牛ですな。脂身に甘さがあり、牛とは思えないほど、軟らかでした。

つるべ落としを眺めつつ 心は急いて北前船の庄内へ

JR羽越本線を村上から山形県庄内平野を目ざして、日本海沿いに北上する。小さなトンネルを幾つか抜ける。車窓には、奇岩怪石の起伏に富んだ美しい海岸線が続く。海は鉛色で、すっかり冬の気配。

この日の宿をとった鶴岡市の湯野浜温泉に着くと、まさしく日本海に陽が沈む寸前でした。心打たれる絶景でしたよ。

庄内平野はお米の産地である。そのご当地の庄内米と日本海の魚の組み合わせとくれば、お寿司ですな。つまり、シャリも、寿司ネタも、ご当地産とくりゃあ、うまいのは当然。二代目が継ぐ寿司割烹「鈴政」は、さすが北前船の酒田港の粋と気っ風がそのままの、超元気なお寿司屋さんでした。「これからは、寒鱈の季節。ぶつ切りにし、まるごと鍋に入れた『寒鱈汁』が、素朴で豪快な郷土料理でお薦めです」と、店を仕切る若手の佐藤成春さん。

そして、酒田市のシンボルというべき、明治26年に建てられた米保管倉庫の「山居(さんきょ)倉庫」は、必見である。驚くのは、100年以上のときを経た今も、現役の米倉庫として活用されていることだ。

近くには、江戸時代にタイムスリップしたような老舗料亭「香梅咲」がある。名物の在来野菜を織り交ぜたランチが人気でにぎわっている。出色はスイーツ。イチジクの甘露煮である。西洋料理にイチジクのシロップ煮があるが、それをしのぐうまさ。

「イチジクを大鍋いっぱいに入れ、ザラメをたっぷり入れ、さらにお酢を足します。あとは企業秘密です……。そうして、一日たっぷり煮るんです」と、女将の池田ひろみさんはいう。黙って出されたら、イチジクとはわからないほど、甘くて軟らかい食感がたまりませんでした。きわめて上品な甘さは異次元のスイーツでしたな。

さて。己から美食家を名乗るのは、気が引ける。しかし車窓に歴史が育んだ郷土の味が次々と現れる「美食本線」で、その気分を味わえば、乗り心地もまた格別といえようか。

 

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