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経済ジャーナリスト 片山修 | Osamu Katayama Official Website

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狂乱のマネー・ゲームの実態を描く、80年代の証言――マイケル・ルイス『ライアーズ・ポーカー』角川書店

私は、取材で、ニューヨークのウォール街を1週間ほど訪れたことがある。例の1987年10月ブラックマンデーの半年後である。そのとき、ウォール街にあって、50年の歴史を誇る高級レストラン『デルモニコ』のマネジャーから聞いた話が、今も強く印象に残っている。

「ブラックマンデー以前は、若いトレーダーたちのカネ使いは、じつにハデでした。注文する内容が違っていました。シャンペンやキャビアをどんどん注文するんです。隣のテーブルのお客のオーダーしたものをみて、それに負けずにもっと高いものを、競争するようにオーダーするといった具合でした」

訪れたときのウォール街は、ちょうどレイ・オフが吹き荒れ、そのレストランも、閑古鳥が鳴いている状態だった。

「ブラックマンデーの直後は、レストランの中のバーの水揚げがぐんと増えました。ウォール街の誰もが、いつもよりずっと飲む量を増やしたようです。これまでワインかビールを飲んでいた人たちがショックを和らげようとスコッチやマティーニなどのハードリカーを飲むように なったんです」マネジャーは、そう述べたものである。

本書の著者マイケル・ルイスがウォール街のソロモン・ブラザーズに入社したのは、ウォール街のヤッピーたちがヤケになってハードリカーを飲み出す以前、 すなわちシャンペンやキャビアがテーブルを豪華に飾っていた時代である。彼は1985年にソロモン・ブラザーズに入社し、3年間、債券のセールスマンとして働いている。そのとき自ら見聞し、体験したソロモン・ブラザーズのトップ層の織烈な権力闘争の内幕やトレーダーの赤裸々な生態を描いたのが本書である。

<国債部・総元締が思わず漏らしたことば、「客は忘れっぽい生き物だ」>

たとえば、ソロモシ・ブラザーズのトレーディング・フロアでは、誰もがギャンブラーだったという。一瞬の休みもなく毎日、トレーダーたちは10億ドル単位のギャンブル的取引を行う一方、彼ら自身、仲間うちで、本書の題名である「ライアーズ・ポーカー(うそつきポーカー)」と呼ばれる、1ドル紙幣の通し番号を使った、ギャンブルに熱中していたというエピソードは、‶合法カジノ‶と化した当時のウォール街の雰囲気をよく伝えているのだ――。

ソロモンのジョン・グッドフレンド会長は、ある日、同社の重役で、債券トレーダーのジョン・メリウェザーに向かって勝負を挑んだ。

「一手、百万ドル、泣き言なし」

このカンとハッタリだけのうそつきポーカーの掟は、ガンマンと同じで、どんな挑戦にも、受けて立たなければいけない。

ましてや、〝ウォール街の帝王〟、と呼ば れたグッドフレンドは、ソロモン・ブラザーズで成功を収めるには、毎朝、〝熊の尻っペをかみちぎる〟意気で目を覚まさなくてはならない――と伝説的な発言で知られている猛烈なワンマン経営者だ。へタに勝負を断われば相手の機嫌をそこなうことになるし、逆に負ければ自分の懐から百万ドルが出ていく……。

「だめだね、ジョン」トレーディング・フロアのかたずを飲んで見守るなか、メリウェザーはいった。

「差しで勝負をしようというんなら、もっとでっかく賭けなきや意味がない。千万ドル、泣き言なし、だ」

これに対して、グッドフレンドは、独特の作り笑いを浮かべて、こういったという。

「頭がおかしいぞ、きみは」

このように、ソロモンの会長までがケタ違いのおカネを賭けてうそつきポーカーに興じようとしていたという話を読むと、80年代におけるマネー・ゲームのカジノ性と狂乱ぶりが、いまさらながらありありと浮かび上がってくる。

断るまでもなく、マネー・ゲームで、投資家全員が儲けられるわけではないことは、わが国のNTT株の例を持ち出すまでもないだろう。現に、著者も、新米時代に客に大損させて悩むが、その際、「いったい、誰のために働いているんだ?」と先輩のトレーダーに言われる。つまりお客のためでなく、会社のために働いているのだろう、というのだ。しかし、投資家を足蹴にするやり方は破滅につながりかねない、と著者は自問する。

「わが社のそういう姿勢について、ぼくがこれまで聞いたたったひとつの弁明らしい弁明は、国債部の総元締、みずからもセールスマンの経験を持つトム・ストラウスの口から思わず漏れたものだった。ぼくの顧客をまじえた昼食の席で、彼は何の脈絡もなくこう言った。

『客というのは、実に忘れっぼい生き物だ』

これがソロモン・ブラザーズの接客態度の基本方針だとすると、何もかもが急にはっきりしてくる。だまくらかせ。相手はどうせ、すぐ忘れてしまう! なるほど」

このような荒っぽさは、多分、ソロモン・ブラザーズだけではなく、ウォール街、いやわが国の兜町においても大同小異のものがあるだろう。だが、これほどまでにマネーゲームの実態を生々しく伝えた書物はない。

私は、じつは、ウォール街を訪れた際、本書の舞台になっているソロモン・ブラザーズの有名な41階のトレーディング・ ルームを見学したが、今回、本書を読んではじめて、トレーダーの実態に触れたような気がした。それほど、みごとにウォール街を描き切っているし、読み物としてもおもしろい。

マイケル・ルイス著・東江一紀訳『ライアーズ・ポーカー』角川書店
『IMPRESSION』(1991年3月号掲載)

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