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経済ジャーナリスト 片山修 | Osamu Katayama Official Website

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「異端の日本人」のハードな価値観が脚光を浴びる時代――落合信彦『そしてわが祖国』小学館

3年前のことだったが、若者の意識調査で、国際人といわれてイメージする人物のトップに落合信彦氏が上がった。アサヒスーパードライの爆発的なヒットとともに、アメリカ社会で活躍する落合信彦氏の姿を追ったスーパードライのCFが、 若者に強烈にアピールした結果である。

以来、アメリカいや世界を舞台に活躍する同氏の存在は、若者の注目の的となった。講演会を開けば、彼の著書を手にした聴衆が殺到するほどのフィーバーぶりで、家庭の主婦までが彼の著書を求めて本屋に走るといわれる。現実に、彼の近著『そしてわが祖国』『憎しみの大地』(いずれも小学館刊)などは20万部を突破し、『国際情報JUST NOW 91』(集英社刊) も20万部に迫る勢いだ。

この〝落合信彦現象〟ともいうべき彼の人気が、最近になって財界人にまで波及していることを知った。経済関係の雑誌などで、リーダーたちが最近読んだ本として落合氏の著書をあげているケースをしばしば目にする。これまでイメージだけが先行していた彼の存在は、いまや日本のエグゼクティブにも影響を与えるにいたったのである。彼はいったいなぜ、これほど注目を浴びるようになったのだろうか。

その理由は、ズバリ、彼の発信する情報の卓越した幅広さのほか、従来の日本人がもちあわせなかったグローバルな情報感覚にあるように思われる。

<彼の感情は、今の日本とはまったく違う、シュートがかったきわどい球筋だ>

落合信彦氏は、その生い立ちからして、日本のジャーナリストとしてはかなり特異な存在である。著書『そしてわが祖国』の中で「私がアメリカで大学、大学院を卒業し、そのままオイルビジネスに携わっていた時、よくアメリカ人に尋ねられた。『あなたはいつアメリカの市民権を取るのか』と」と述べているように、彼は高校卒業と同時に渡米し、向こうの大学を卒業したあと、20代をアメリカのオイルビジネスの渦中で過ごした。

彼は強烈な個性のほか、大学院卒業時にFBIから就職をもちかけられるほどの情報能力を持っており、次第にアメリカ社会に深く食い込んでいく。そして、オイルビジネスの世界を通して国際政治の闇の世界に立ち入り、その現場に身を置く者しか得ることのできないような地球規模の人脈を獲得していったの である。

「中曽根康弘が政権にいた86年夏のことだ。ある日、私の旧友でレーガンとも親交のあったオイルマンのJ・M・シャヒーンという人物から相談を受けた。当時レーガン政権は、イラン・イラク戦争のさなかにレバノンでゲリラによって人質にされたアメリカ人の問題で、窮地に立たされていた。シャヒーンは、そのピンチを救う手がひとつある、という。当時、日本はイランにとって石油輸出の最大の顧客だった。イラクとの戦争で財政も遍迫していたイランにとって、40パーセントの原油を買う日本は大きなウェイトを占めていた。しかも、ゲリラの糸をひいているのはイランだという確証があった。そこで、日本側から人質解放の交渉を進めてくれ、その橋渡しを私にしてくれと相談してきたのだ」(『そしてわが祖国』)

この極秘の計画は、結局失敗に終わるが、彼はこのように国際政治劇の裏舞台で重要な役割を担って、行動できる数少ない日本人である。

オイルマンであった経歴や経験上、中東を中心とした国際情報にも精通しているのはもとより、彼の情報にはアメリカとイスラエルの特殊なフィルターがかかっているケースが多い。いまの日本にあふれる素直な球筋の国際情報とは、質のうえでまったく違っている。シュートがかったきわどい球筋なのだ。

日本をとらえる視点にしても、現在の日本のマスコミの視点からはかけ離れている。

「もう何年も前から使われた『貿易摩擦』というのも同じだ。アメリカでは『トレード・ウォー(貿易戦争)』という言葉を使っているのだが、『戦争』を『摩擦』に置き換えて、あたかもそれが話し合いで片がつくかのごとく、ノホホンと構えている。認識の低さというか、問題の本質をごまかすことによる無責任さゆえに事態は少しも改善されないでいる」(前掲 書)

そう語る彼の存在は、いわば〝日本語を話すアメリカ人〟というべきだろう。彼の文章は、明快にして常に断定的で、あいまいさを許さない〝強者必勝〟という力への信仰によって貫かれている。少し前の日本社会であれば、おそらく彼のようなハードな価値観は、ウェットな日本人の価値観になじまず、異端扱いされただろうし、少なくともきわめて特異なジャーナリストという評価をされたに違いない。しかし、ここにきて彼の特異性が、にわかに脚光を浴びだしたのだ。

これは、ここ数年前の激動してやまない国際政治の大きなうねりを目の当たりにして、ジャングルの掟に支配された国際社会というものが、 ようやく視野に入ってきた日本人の姿を象徴しているのではないだろうか。もはや温室の中で培養された情報が、ジャングルへの道案内として何の役に立たないことを痛感した日本人は、落合信彦氏の著書の中に、ジャングルで起こっている壮絶な闘いのありさまを知る手がかりを必死に見いだそうとしているように思われてならないのである。

落合信彦著『そしてわが祖国』小学館
『IMPRESSION』(1991年7月号掲載)

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