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経済ジャーナリスト 片山修 | Osamu Katayama Official Website

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ウォーターゲート事件の特ダネ記者が描く湾岸戦争の裏舞台――ボブ・ウッドワード『司令官たち』文藝春秋

先の湾岸戦争では、ブラウン管にリアルタイムで飛び込んでくる臨場感あふれる映像を通して、私たちはハイテク戦争をたっぷりと味わった。しかし、連日連夜にわたってテレビ報道されたにもかかわらず、果たして湾岸戦争について、私たちは、どれだけ知っていたかとなると、はなはだ心もとない。

なるほど、私たちは今回、スカッドミサイルだ、パトリオットミサイルだなどと、ハイテク兵器についてのなにがしかの知識を得たのはたしかだが、湾岸戦争の本質に触れたかというと、いささかおぼつかない。いまにして振り返ると、ビジュアル情報にふりまわされたというのが、実感ではないだろうか。

私は、日本で唯一、湾岸戦争に直接巻き込まれた企業のアラビア石油を取材する過程で、その思いを一層強くしたのである。

アラビア石油は、サウジアラビアで湾岸危機の直前まで日量30万バーレルの原油を生産していた。これは、日本国内で消費される1日の石油量の約8パーセントにあたる。同社のアラビア鉱業所のあるカフジは、サウジとクエートの国境からわずか18キロ。今年1月17日の開戦の日に、同鉱業所は、イラク軍の砲撃を受けた。そのとき、49人の日本人のほか、約400人の従業員が残っていたが、シェルターに退避し、5時間にわたる砲撃に耐えたあと、陸路、ダンマンに脱出した。

その後、再びフレヤスタックに火がつき、念願の操業再開にこぎつけたのは、6月2日だ。ただ、操業再開とはいえ、クエート油田火災の影響を受けている。北風が吹くと、いまなお燃えている油井の黒煙がカフジ上空 まで達し、朝でも夕方のように暗くなり、従業員たちはマスクをかけながら仕事をしているのが実情だ。

この操業再開には、自衛隊の掃海艇のペルシャ湾への派遣が大きな役割を果たしているのだ。

幸い、アラビア鉱業所は、病院や宿舎こそ相当被害を受けたものの、肝心の生産施設はタンクが1基やられたに過ぎないので、操業再開に支障はなかった。問題は、タンカーの入港だった。つまり、生産を再開しても、タンカーで原油の積み出しができない限り、再開しても意味はない。しかし、厄介なことにペルシャ湾には、イラク軍の敷設した機雷がウジャウジャしている。したがって、カフジ までの航路にある機雷が完全に取り払われたと確認されないことには、肝心のタンカーは入港できない。

じつは、その確認作業に、自衛隊の掃海艇派遣があずかっているのだ。日本は、掃海艇をペルシャ湾に派遣し、いわゆる汗を流して国際貢献を果たした。つまり、 多国籍軍の〝仲間″として認められたおかげで米軍からは、機雷掃海に関する機密の軍事地図がアラビア石油に提供されたのだ。その結果、カフジへの航路に機雷がないことが確認され、再開のメドが立ったのである。

かりに、掃海艇の派遣がなければ、軍事地図は提供されず、アラビア石油の操業再開もなかったかもしれない。国際政治とは、かくも冷酷な現実によって貫かれているということを、私たちは知らなければいけない。

<開戦か、回避か……、決断を迫られた司令官たちの心の奥底まで踏み込む>

その意味で、湾岸戦争の内幕をペンタゴン(米国防総省)を中心に、ドキュメンタリータッチで描いた、ボブ・ウッドワード著、石山鈴子・染田屋茂訳『司令官たち』は、非情な国際政治の舞台裏を私たちに生々しく伝えてくれる好個の書物である。ボブ・ウッドワードは、ウォーターゲート事件でニクソンを辞任に追い込んだ、特ダネ記者として有名である。彼はもともと、ペンタゴンに焦点をあて、国防に関する意思決定のプロセスとメカニズムを描く予定で、取材中だった。そこに、たまたま湾岸戦争が起こったので、緊急出版のかたちで、『司令官たち』を発表したという。

構成は、第1部がパナマ侵攻作戦、第2部が湾岸戦争になっている。たとえば第2部では、ブッシュ大統領が開戦へと傾斜していく中で、コリン・パウエル統合参謀本部議長がイラクの封じ込め政策を支持して、戦争回避をはかろうとするなど、ブッシュ政権内部の 湾岸戦争をめぐる葛藤など、人間くさいドラマが迫力ある筆で描かれている。同書の取材源は、リチャード・B・チェイニー国防長官のほか、ブレント・スコウクロフト国家安全保障担当大統領補佐官、パウエルなど、当の主役たちといわれている人たちだけに、戦争への決断プロセスも、彼らの心の奥底にまで踏み込み、息を飲む臨場感をもって書き込まれている。あえていえば、湾岸戦争の第2部よりも、パナマ侵攻作戦の第一印象のほうがノンフィクションとしての完成度は高いように思われるが、 テレビの湾岸戦争では決してうかがうことのできなかった、もうひとつの湾岸戦争を描写していることは間違いない。

ボブ・ウッドワード著・石山鈴子・染田屋茂訳『司令官たち』文藝春秋
『IMPRESSION』(1991年11月号)

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