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経済ジャーナリスト 片山修 | Osamu Katayama Official Website

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国家崩壊のプロセスを読む――ヴラジーミル・ポズネル『ソ連邦解体 運命の三日間』文藝春秋 ほか

旧ソ連における8月のクーデターと革命は、ソ連共産党の終焉をもたらしたばかりか、旧ソ連邦を消滅させた。そして、新たに誕生した独立国家共同体(CIS)も、早くも内部崩壊の危機にさらされている。

旧ソ連の経済的ポテンシャリティは、もともと高いものがある。石油の埋蔵量は、ペルシャ湾岸地域に匹敵するほか、世界の博士号の保持者の3分の1がソ連人だといわれ、識字率が高いなど人的資源の質も決して低くない。にもかかわらず、ロシアを例にとれば、現在、90%の人々が水準以下の貧困状態にあり、今年末には労働人口の10%にあたる800万人が失業するだろうといわれている。まさに崩壊寸前である。

旧ソ連は、いったいどこへいくのか。69年余続いたソ連邦の崩壊と、その行方についてほど、今日的テーマはない。それは、1917年のロシア革命を描いたアメリカ人ジャーナリスト、ジョン・リードによるルポルタージュの古典的名著『世界をゆるがした十日間』を例に引くまでもないだろう。現に、幾冊かの優れたソ連関係書が、すでに出版されている。

ヴラジーミル・ポズネル『ソ連邦解体 運命の三日間』(文藝春秋、1800円)は、世界を震感させたクーデターの三日間を描いた好著である。著者は、旧ソ連を代表するジャーナリスト。テレビ・メディアを中心に活動しているだけあって、その記述は生の迫力を帯びている。抜群のメディアの力によって「西側諸国では、ソヴィエトのクーデターと人々が願ったその失敗について、一挙手一投足が 実に詳細に報じられた」が、「彼らをクーデターに立ち上がらせるにいたった全体の流れ、背景、歴史的枠組みに関しては西側諸国は知らされることがなかった」として、著者は、三日間の裏側に潜むペレストロイカの全貌をありありと映し出す。そのまま現代史の貴重な資料ともなり得る、注目すべきノンフィクションである。

クーデター直後の現地取材をもとに、その勃発から終焉までを検証しているのが、吉岡忍『鏡の国のクーデター―ソ連8月政変後を歩く』(文藝春秋、1400円)である。7週間の滞在の間に、著者は 80人にのぼる人々にインタビューを試み、その中で得た見聞、経験、思考を明確な日付とともに記している。

徹底的なインタビューによって構成された、これらジャーナリストによる手探りの〝ソ連ルポ〟は、テレビ画面や新聞紙面が表現し得なかった人々の肉声や表情、あるいは自らの率直な驚き、疑問、共感を克明に描くことによって、政変劇を再構築している。実際、西側諸国の人間は、しだいにベールが剥がされ、あらわになっていくソ連の実態に驚愕した。強大だったはずの国家は悲惨な大陸と化し、ユートピアは貧困と退廃に血塗られていた。そうした旧ソ連の実態を描いたのが、アレクサンドル・ドーリン 『約束の地の奴隷』(中央公論社、1450円)である。

著者は、ソビエト科学アカデミー東洋学研究所員。「抽象的な理念のために一生のただ働きを強いた報酬として無料の住まい、無料の教育、無料の医療サービスを『奴隷』たちに提供してきた『約束の地』が、ついに姿を変えようとしている」と、冷酷なまでの視線を祖国に投げかけ、その暗部、恥部をえぐり出す。イデオロギーと欲望に翻弄された人間たちの姿が、今回のソ連解体を読む大きな鍵となることを、著者は絶望的な自戒をこめて語っている。

今枝弘一『ロシアン・ルーレット〔フォト・ドキュメント〕ソヴィエト帝国の崩壊1989―1991』(新潮社、2000円)は、こうした断末魔のソ連を、 百数十枚の衝撃的なショットで描き出している。負傷したアフガン帰還兵、路上で凍死する老人、団地の一室での売春婦の殺害現場、内戦による子供たち の死体、エイズ病棟の少女……。カメラは、何よりも克明に時代を証言している。

ソ連邦の消滅によって、戦後続いた冷戦は終結した。その意味や背景や行方を探るうえで参考になるのが、鳥井順『アフガン戦争』(第三書館、3605円)だ。ソ連軍に照準を合わせ、「アフガン戦争でみせたソ連軍の素顔」を描くことで冷戦の終結を分析している。軍事的事実の集積、アフガン戦争という絞り込まれたテーマなどの点で、他のノンフィクションとは一線を画している。

また、杉山隆男『東ドイツ解体工場』(講談社、 1300円)は、東欧の解体に目を向け、冷戦終結としての東西の壁の崩壊を描いている。傷を負い、 荒療治を受けているのは、ソ連だけではないことを再確認させられる。

国が滅びるということはそう滅多にあることではない。同時代の出来事として、それをどのように記憶に留めるか。これらの著書は、読者にその手掛かりを与えてくれるだろう。

ヴラジーミル・ポズネル著『ソ連邦解体 運命の三日間』文藝春秋
吉岡忍著『鏡の国のクーデター―ソ連8月政変後を歩く』文藝春秋
アレクサンドル・ドーリン著『約束の地の奴隷』中央公論社
今枝弘一著『ロシアン・ルーレット〔フォト・ドキュメント〕ソヴィエト帝国の崩壊1989―1991』新潮社
杉山隆男著『東ドイツ解体工場』講談社
『小説すばる』(1992年4月号掲載)

 

 

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