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避けては通ることのできない問題を問い直す――ニッセイ基礎研究所『日本の家族はどう変わったのか』NHK出版
家族とは何か……。改めて問われると、これほど返事に窮するテーマもないだろう。家族ほど、わかっているようでわからない存在はないのではないだろうか。本書は題名のごとく、「日本の家族はどう変わったのか」について、企業と家庭を軸に論じている。
とりわけ、刺激的でおもしろいのは、第Ⅴ章「情報トンガリ家族の情景――個メディア化でつくられる新たな家族関係」である。家庭内にあるテレビ、ビデオ、ファミコン、ワープロ、パソコンなどの情報機器を通して家族を考察し、さまざまな「情報トンガリ家族」を描き出している。
上原家は〝多回線家族〟だ。家族共有の電話回線一回線のほか、働く妻とアルバイトをしている大学生の息子が、それぞれ専用電話回線を持ち、さらに妻が仕事に使うファックス専用回線がある。家族は留守電を利用して頻繁に外出先から連絡をとりあい、伝言を聞くようにしている。上原家では、一家一回線時代から一人一回線時代に突入し、留守電が外で活躍する家族のコミュニケーションの中継ターミナルの役目を果たしている。つまり電話が用件を伝える連絡機器から、コミュニケーション機器に進展している姿を垣間見ることができるのだ。
森家も相当の「情報トンガリ家族」だ。電話回線は二回線で、もう一回線はファックス専用だ。電話は親子電話で子機が三台ついており、妻専用のポケットベル一台のほか、書斎にはデスクトップ型とノート型のパソコンが一台ずつある。夫婦で仕事と家事をする共業スタイルを持つ森家では、徹底した家事の合理化が行われている。書斎のパソコンは共用のため、一方がパソコンを使っているときは、一方が家事をするという具合に仕事と家事の分担を明確にしているほか、家で留守番をする小学生の娘の安全確保のためにホームセキュリティシステムと契約している。また妻は食事のあとかたづけや洗濯に時間をとられるくらいなら、子供の相手をしたほうがいいと考えており、食器洗い機や浴室乾燥機も完備されている。徹底した家事の合理化、情報機器による究極の情報ネットワークの構築の実現によって、従来のような性別による役割分業のあり方を問いかけている。
さらに、杉原家はパソコン一家だ。子供が社会人として独立した杉原家では、老夫婦が、メーカーのパソコン教室に通って、パソコンのノウハウを修得し、パソコン通信を利用した電子メールで、子供たちとの間に新しい家族のきずなを構築している。将来、電子メールを編集して家族新聞を発行するのが、この妻の夢である。
ただ、考えなければいけないのは、情報装置が家族の個人化、あるいは核家族化を一層進めるとともに、家族の求心力を崩壊させるという働きもあるということだ。今後、好むと好まざるとにかかわらず、情報機器がどんどん家庭に入り、個メディア化していくことは間違いないが、だからといって「情報トンガリ家族」を無条件で賛美することはできないだろう。
このほか、「企業中心社会の転形期に揺れる家族」とか「沈黙する夫婦・対話する夫婦」など、刺激的角度から家族についてアプローチしている。戦後の高度成長期を通じて築き上げられてきた家族は、性別分業が主流であった。父親は身を粉にして働き、母親は家庭で子育てをしてきた。そして、企業の繁栄は、家族の繁栄にもつながったのである。ところが、企業は現在、バブル経済の崩壊と長期不況で、懸命にリストラを行なっている。リストラは当然、サラリーマンの働き方や暮らし方にも影響を及ぼさずにおかない。ましてや、世代を問わず、個人主義が尊重される昨今である。終身雇用制度が崩壊するなかで、もはや、こうした家族の55年体制がいつまでも存続するとは考えられない。そのとき、いったい、どのような家族を作っていけばいいのか、個人と家族との関係をどう考えればいいのか。本書は、このような避けては通ることのできない家族の問題について、いくつかの問題提起をしているのである。
ニッセイ基礎研究所『日本の家族はどう変わったのか』NHK出版
『中央公論』(1994年12月号掲載)