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経済ジャーナリスト 片山修 | Osamu Katayama Official Website

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官僚の実像に迫る――日本経済新聞社編『官僚』日本経済新聞社 ほか

千葉県船橋市の屋内スキー場〝ザウス〟には、風速計があるという。屋内に風速計とはと首を傾げたくなるが、運輸省の規定だから仕方がないのだそうだ。運輸省の管轄であるリフトには、強風時の安全対策のために風速計を備えつけることが義務づけられているというが、果たして屋内リフトにも強風対策が必要なのだろうか。行政規制がいかにナンセンスなものが多いかを物語っている話だといえるだろう。現実問題として、自民党の一党支配が崩壊し連立政権が誕生した途端に、官僚に対する批判や不満が噴き出したのもむべなるかなである。

永田町ではとりあえず55年体制の崩壊によって、政治改革の第一歩が踏み出されたが、これに対し霞が関では、依然として改革の兆候すら感じられない。出版界でこのところ〝官僚本〟が目白押しなのも、官僚に対して国民の厳しい目が一斉に向けられていることの現れに違いない。

日本経済新聞社編『官僚』(日本経済新聞社、1800円)と毎日新聞取材班編『霞が関しんどろーむ』(毎日新聞社、1600円)はいずれも新聞記者の手による官僚論である。なかでも『官僚』は、94年度の日本新聞協会賞を受賞した力作だ。

新聞記者が足で歩いて取材するだけではなく、政界・学界・経済界・官界の有職者に対するインタビューや論文、アンケート結果を掲載するなど、官僚機構に対してさまざまな角度から斬り込んでいるのが特徴だ。官僚を取り巻く政治と民間との攻防を同時進行で描きながら、巨大権力を握る官僚の実像に迫っているのだ。

たとえば、「戦後の官僚制度をはぐくんできた55年体制の終焉。日本経済の成熟化と国際化を背景にはっきりしてきた旧来型の行政手法の行き詰まり。官僚はその変化に戸惑いながらも自分たちの座標軸を見いだせないまま、なお自己増殖を続けようとしている」と厳しく断罪する一方、返す刀で「55年体制の残滓でもある政治の貧しさが官僚機構のゆがみを生んでいる」と政治も斬っている。真正面から官僚と真摯に格闘しているところが、これまでにない奥行きの深い官僚論にしているといえよう。

これに対し、『霞が関しんどろーむ』は「社会部の調査報道の手法」で官主導の政策推進や司法支配、密かに続く慣習と権益、不明瞭な特典など、日本の官僚制のアキレス腱を突いている。いかにも足でかせぐ新聞記者もの風だ。

後藤田正晴著『政と官』(講談社、1500円)は、役人の役割とはなにか、政治とはなにかということについて論じている。氏は元警察庁長官・法務大臣の肩書きを見ればわかるように、政・官の両方の世界を知りつくしている。「私は官僚と政治家の両方を経験しているので、役人と政治家の違いを膚で知っている。これまでの体験からいえば、政治家というのはわりあいに広い考えをもっている。いってみればゼネラリストである。それに対して役人は専門知識は豊富でかつ深い。しかしながら、視野は決して広いとはいえない。役所の窓からしか見ていない」と指摘している。「最近とくに目立つのは、役人の行き過ぎである。もっと役人は議会制民主主義に照らして節度を保たなければならない」と、国民福祉税騒動に見られるような官主導のあり方を批判しているのだ。政治家の本にしては、なかなか読み応えがある。

共同通信社社会部編『談合の病理』(共同通信社、 1600円)は、特捜検事すなわち警察官僚がいかに巨悪と対決したかに力点が置かれたレポートである。戦後間もない頃の電源開発の九頭竜ダムをめぐるダム疑獄事件から始まって、リクルート事件、ゼネコン汚職にいたるまで、政・官・財の癒着の真相が、ドキュメントタッチで描かれている。ロッキード事件をめぐっては、田中角栄元首相と検察は裁判において全面対決したが、「あの時、贈収賄だけでなく田中の脱税も摘発していれば」という検察幹部の言葉など、随所に検察官や政治家の生々しい証言が紹介されており、迫力を感じさせる。

官僚および官僚制度について、もう少しじっくり読みかつ考えてみたい向きには、村松岐夫著『日本の行政』(中公新書、740円)と村川一郎著『日本の官僚』(丸善ライブラリー、620円)の学者の手になる官僚論がいいかもしれない。『日本の行政』は官僚論を中核にして、「日本の行政をできるだけ理論的に解明することを目的としてる」のだ。「規制緩和や権限を下におろすことは弁護士と司法の役割を拡大することだ」とか、「60年安保、高度成長政策の宣言、公害防止策、福祉政策、エネルギー政策、行政改革などの戦後の主要な決定は、指導的政治家によるものであった」などと、ハッとする指摘がなされている。

官僚を一刀両断にするのではなく、日本型行政システムのどこが優れていて、 どこが批判されるべきかについて書かれているところがこの本の魅力になっている。『日本の官僚』は、 官僚を体系的・体質的に分析し、霞が関の実態と諸問題を取り上げている。天下り先として財団や社団、特殊法人を絶え間なく創設し、ぬくぬくとしている官僚の世界に対する行政改革の必要性が説かれている。

日本経済新聞社編『官僚』日本経済新聞社
毎日新聞取材班編『霞が関しんどろーむ』毎日新聞社
後藤田正晴著『政と官』講談社
共同通信社社会部編『談合の病理』共同通信社
村松岐夫著『日本の行政』中公新書
村川一郎著『日本の官僚』丸善ライブラリー
『小説すばる』(1994年12月号掲載)

 

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