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ポスト工業社会におけるモノづくりのあり方を考える――馬場靖憲『デジタル価値創造』NTT出版
数年前から、モノづくりの現場に新しい動きが出てきている。開発期間の短縮、コスト削減、製品の品質改善などを求めて、日本企業はさまざまに試行錯誤を重ねている。なかでも、目立っているのが情報技術の徹底活用である。距離や時間を超えた情報伝達は、コミュニケーションの改善にとどまらず、開発そのものの様式に変化をもたらしている。ただし、そうした最先端のモノづくりのあり方に対峙するかのように、「一人生産方式」のような人間重視を旗印に掲げたモノづくりのあり方に注目が集まっているのもたしかである。
このように、日本のモノづくりの現場が大きく揺れているのは、従来型の工業社会がポスト工業社会へ移行しつつあることと無関係ではない。
著者は、「日本企業の技術・組織・マネジメント、そして企業文化が、ポスト工業社会における新しい価値創造に対応するのが難しいのではないか、そして、そのことこそが近年の日本産業に閉塞感をもたらしている最大の原因ではないか」と、問題提起している。
デジタル化された情報を素材とする、新しい価値創造の可能性を秘めた例として、著者は、ボーイング777の開発で実践された、コンカレント・エンジニアリングをあげる。ボーイング社はコンカレント・エンジニアリングを推進するにあたり、”Learn Japanese Way”という活動を展開し、トヨタはじめ、造船各社を視察するなどして、日本企業の開発手法を学習したのは有名な話だ。
1990年、日本からは三菱重工、川崎重工、富士重工が参加するなど、この国際共同開発は各国企業が勢揃いしてスタートした。当時、私は、この大規模なモノづくりのあり方を米国シアトルの現場で取材した経験がある。まだ、インターネットがそれほど騒がれていなかった時代、各国をネットワークで結び、同時並行的に仕事を進める手法が、強く印象に残った。
ただ、日本がモノづくりに自信を持っていただけに、わが国の生産現場では、すべてコンピュータ・ネットワークのもとに仕事を進めるコンカレント・エンジニアリングの導入に対し、反発もあったし、混乱も起こった。しかし、日本企業はデザイン・インで培った現場力をもとに、受け入れていった。その後も川崎重工をケースに、私自身、取材した。導入が成功した理由について、「米国企業が従来得意としてきた情報技術(システム)系アプローチと、日本企業が得意とする人間(チームワーク)系のそれをうまく組み合わせて対処したことに大きく依存する」と、著者は分析している。同感である。
しかし、現在、コンカレント・エンジニアリングが必ずしも日本企業に広く導入されているとは限らない。原因は、日本企業の組織、マネジメント、開発文化にある、と、著者は考える。「技術を競争力の中核として考え、技術資産の蓄積に励んできた多くの日本企業は、世界の最先端技術を保有しながら、それを利益に結びつける『デジタル価値創造』のための方法論を組織的に確立することに成功していない」と指摘するのだ。
われわれは果たして、ポスト工業社会において、デジタル価値創造をしていくことができるのか。本書には、日本型モノづくりの手法を擁護しながら、デジタル価値創造をしていくためには改革が必要だとする主張が複雑に入り交じっている。そこが魅力だ。
デジタル時代のモノの考え方、組織のあり方、経営のあり方を考えるうえで、格好の書である。
馬場靖憲著『デジタル価値創造』NTT出版
『中央公論』(1999年1月号掲載)