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等身大の中国ルポ――西倉 一喜著『中国・グラスルーツ』
1987年1月12日
著者は、共同通信社時代から55年より1年間、中国の北京語言語学院へ語学研修生として派遣された。そのときの留学体験をもとにまとめられたルポが、本書である。
記者の書いたルポには、ひとつの傾向がある。たしかに、取材した事実をもとに書かれているが、しばしば生きた人間の顔が出てこない。したがって、ルポとしては味けないものが多い。
その点、本書は違う。記者による出色の中国レポートである。 お隣の中国は、昔から日本人の最大の興味と関心をよんできたが、今日の中国の実像を知るのは、容易ではない。実際、新聞が伝える中国報道の多くは、党や政府の公式発表の域から出ない。つまり、タテマエ報道が目立つ。
ましてや、最近の中国は、当局によって再び外国人との接触が厳しく規制されるようになっている、と著者はあとがきで書いている。たとえば、特派員の外出にはたびたび尾行が付き、一般市民の生の声の取材もままならなくなっているという。
それだけに、中国庶民の生の声を伝える本書は、貴重である。
留学したのが文化革命後の規制の緩かった時代とはいえ、中国語の達者な著者は文字通り中国のグラスルーツに踏み込んで、社会にうごめく庶民の姿を描いているのだ。とくに、感心するのは、イデオロギーをいっさい排斥して、低いアングルから眺めていることだ。それだけに、生き生きとした庶民の表情と感情が提出されている。
本書が等身大の中国を伝えるレポートとして成功しているのは、つまるところジャーナリスト特有の好奇心、あくまで真実にこだわる姿勢、そして丹念な取材にあるだろう。
西倉一喜著『中国・グラスルーツ』文春文庫
『週刊読書人』( 1987年1月12日号掲載)