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英国中心の最新ヨーロッパ事情――古森義久著『倫敦クーリエ』文藝春秋
著者の古森義久氏は、2年前に毎日新聞から産経新聞に移った著名な外信部記者である。アジア、アフリカを舞台に特派員として活躍し、その方面の著書も多いが、今回の著作は、87年7月から今年5月まで、産経新聞のロンドン支局長として赴任していたイギリスを中心に、最新のヨーロッパ事情を描いている。
「この本はヨーロッパでの(略)バラエティに富んだ事物や、多彩な顔を持つ人間との出会いを、新聞報道の枠では表現できない私自身の皮膚感覚や原体験で書きつづった報告である。(略)白いモヤのなかに踏み込み、最初はまったく手さぐりだったのが、やがて光と影の識別を少しずつ学んでいった学習の記録だともいえる」
古森氏は、あとがきにそう書いているが、私が彼の描くヨーロッパの「光と影」の中で、もっとも興味深く読んだのは、天皇崩御を機にイギリス人が日本に向けて示した反応を論じた「天皇バッシングの背景」と題する文章である。「文藝春秋」(89年3月臨時増刊号)に提携されたこの文章を、感心して読んだ記憶があるが、今回あらためて目を通し、国際化とは何かについて考えさせられたのだ。
天皇崩御に当たって、イギリスの「ザ・サン」や「デイリー・スター」などの大衆紙は、露骨な反日キャンペーンを行った。たとえば、サンは、「地獄がこの真に邪悪な天皇を待っている」という毒々しい見出しをかかげれば、スターは「天皇ヒロヒトは一見、穏やかな日本人の老紳士にみえるかもしれない。しかし何千人もの元連合軍将校やその家族にとっては彼は冷酷な邪悪のシンボルだ」と攻撃した。「イギリスの大衆紙の質は、日本の新聞ではちょっと比較も思いつかないほど低級である。では読む人が少なく、影響力がまるでないかというと、決してそうではない」
タイムズなどの日刊高級紙の総部数は266万部に対し、サンなどの大衆紙の発行部数は1200部にも及んでいる。「実際にロンドンで地下鉄やバスに乗ってみると、乗客の読んだり持ったりしている新聞の大多数はタブロイドの大衆紙」という。
「こうした状況からどうしても、イギリス人全体が日本に対してもともと冷たい感じしか持っていなかったのだ、という結論が浮かびあがってくる」
この点に関して、ケンブリッジ大学の歴史学者のクリストファー・アンドリューの興味深い論文を、古森氏は紹介している。
「イギリス人は戦時中のドイツの残虐行為についてはもうあえてなにもいわないのに、それよりずっとスケールの小さい日本の行為はいまなお非難し、それを理由に現代の日本人にまで不信を抱きつづけている。それは〝ドイツ人はナチスの支配下にあったからひどいことをしたのだが、日本人は日本人だからひどいことをしたのだ〟という二重基準があるからだ」という内容の論文である。
その「二重基準」は、人種差別にも等しいと、古森氏は指摘する。しかし、だからといって、イギリス人はケシカランとヒステリックに叫んでいるのではない。こうした冷厳な事実を、日本人はもっと知るべきだと氏は説いている。日本人は、一般にイギリス人に好意を持っているが、「思えば日英関係ほど日本側の片思いが激しい関係もないのではないか。錯覚やひとりよがりの上にほんとうの友好関係は生まれない」と書いているのだ。国際化を考えるうえで、示唆に富んだ好著である。
古森義久著『倫敦クーリエ』文藝春秋
『週刊読書人』(1989年12月4日号掲載)