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経済ジャーナリスト 片山修 | Osamu Katayama Official Website

書評詳細0

‶日下評価”の集大成――日下公人『日本の寿命』PHP研究所

日本経済は、これまで日の出の勢いで伸び続けてきたが、このところ、〝日はまた沈む〟とか〝午後四時の経済〟などと、しきりに翳りが指摘されている。現に、年初以来、株価の低迷が続き、今回はまた、イラクのクウェート侵攻によって、原油価格の高騰が心配されている。日本経済の先行きに対する不安感は、ますます強い。

そんな折に出版された、日下公人氏著「日本の寿命」は、きわめて時宜を得た書物といえる。氏は、〝沈む・沈まない論争〟からいえば、〝日はまた沈まない〟派である。

「私は、日本という太陽は沈まないと思っている。いや、もし沈むとすれば、それは古い体質の昨日の日本である。新しく、日はまた昇るし、楽しい夜も待っている」と、本書で述べている。

日下氏によると、日本にこれまで日が昇り続け、われわれが繁栄を謳歌できたのは、わが国が戦後、頑なに守ってきた〝四捨五入〟主義によるという。この主義とは、〝四捨〟すなわち「イデオロギー」「宗教」「ヘゲモニー(覇権)」「独裁」の四つの主義を捨て去って、〝五入〟すなわち「平和」「自由」「民主」「平等」「中流」の五つの主義を採り入れることである、と説明する。しかも、「これには、地球的普遍性がある」と、氏は考えるのだ。

ただ、油断はできないという。

たとえば、われわれが「脱工業化社会への新しい動きを真剣に考えなければ、新製品としての〝高度情報化社会〟や〝高度ソフト化社会〟が、ある日、忽然とアメリカに出現して、工業化社会の勝利の美酒に酔う日本の寿命が、たちまちストップするということも考えられないではない」と、警告する。

というのは、肝心の日本の寿命が、いまや尽きつつあるということだろうか。〝沈まない〟派の日下氏は、日本の寿命について、次のように述べる。

「日本の寿命を縮める要因は、冷戦解消や外国からの市場開放圧力などではない。日本が抱えている病気を自ら進んで治そうとする意欲の欠如、自浄能力の欠如である」

だから、日本人は、これから日本の寿命を伸ばすための努力をしなければならないという。

「先端化の努力を続けなければ日本は大丈夫。大店法がなくなり、農業が自由化されても平気。というより、だからこそ競争の原理が働いて、今まで眠っていたパワーが起き上がって、世界と競争できる流通市場や先端化農業の出現で、日本は一段と活性化する」

このほか、日下氏が本書の中で記している、日本の寿命を引き延ばすための処方箋がまた、いかにも日下氏らしい。

日本人は、一人ひとりが冒険家となり、博打うちの精神を持てというのである。氏のいう博打うちの精神を持った冒険家とは、徹底的に自分の好きなことにエネルギーを注ぐ、スーパー・アマチュアのことだ。一大自動車会社を育てあげたベンツさんやダイムラーさん、また一大航空会社を作ったグラマンさんやボーイングさんも、元をただせばスーパー・アマチュアだった。

「私は会社をやめてスーパー・アマチュアに徹しなさいと言わないが、せめて、彼らの精神は採り入れてもらいたいと思う」そう訴えるのである。

日下氏は、経済評論家の中でも、学際側面を持った、幅と奥行のある評論で知られているが、本書は、その近年の〝日下評論〟の集大成版の趣がある。先行き不透明な時代において、知的刺激をたっぷりと与えてくれる好著である。

日下公人著『日本の寿命 貿易国家と権力国家の行方』PHP研究所
『週刊文春』(1990年9月6日掲載)

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