Loading...

経済ジャーナリスト 片山修 | Osamu Katayama Official Website

書評詳細0

新世界秩序を歴史書から学ぶ――フランシス・フクヤマ『歴史の終わり(上・下)』三笠書房 ほか

20世紀も残すところわずか8年となった。戦争と革命が吹き荒れた20世紀が幕を閉じるにあたり、いかに今世紀を総括し、かつ新世紀を展望するかが問われているといえる。とりわけ、ソ連邦の解体によって、戦後の国際政治を支配してきた冷戦構造が終焉するなかで、世界は新しい秩序を見いだしかねている。

そうしたとき、人類の知恵の結晶ともいうべき歴史から学ぶのがいちばんふさわしいだろう。現に、このところ内外を問わず、読みごたえのある歴史書が少なからず刊行されているのである。

フランシス・フクヤマ著『歴史の終わり(上・下)』(三笠書房、各2000円)は、全米でベストセラーになったのに続き、日本でも多くの話題を呼んでいる。著者は、西洋古典、比較文学、ソ連の外交、中近東問題でそれぞれ学位をもち、米国務省政策企画の中枢にいたこともある、教養、経歴ともに幅広い人物である。

東欧に雪崩のような崩壊現象が起こったころ、社会主義が自滅する時点で、リベラルな民主主義が最終的な勝利をおさめ、歴史のドラマは幕を下ろすと、著者はいちはやく〝歴史の終焉〟を宣言した。その論拠を、ダイナミックにまとめたのが本書である。

カント、ヘーゲル、マルクス、ニーチェなどを手掛かりにして、冷戦という20世紀最大のドラマを精神的に見直している本書は、ソ連が突如消えるという歴史的重大局面において、私たちがいまどのような立場に置かれているかを見事に解き明かしてくれる。また「歴史の終わり」の後の新しい歴史は日本がカギを握っているという注目すべきヒントを残している。

イギリスのジャーナリスト、ポール・ジョンソン著『現代史』(上下) (共同通信社、各2600円)も、20世紀の歴史書として見逃せない。上下巻1300ページに及ぶ大著だが、ロシア革命からソ連崩壊までの世界を形成したさまざまな国家、さまざまな指導者、さまざまな政治理論を俎上にのせて、その仮面を容赦なく剥ぎ取りながら歴史を語るという 独特の手法が、読者を飽きさせない。

アインシュタインによる「相対性原理」の発見が予期せぬ結果として生んだ「相対主義道徳観」が、今世紀最大の悲劇の原因だったと著者はいう。ある思想や主義を最上位に置き、そのためには殺人も民族の絶滅も許されるという「相対主義道徳観」からの脱却を、今後の歴史の目指すべきポイントと主張する著者は、歴史は終焉からは程遠く、いままさにきわめて危険な新局面に入りつつあるとして、フクヤマの『歴史の終わり』に見られるような楽観論とは対照的な歴史観を示している。

それでは、20世紀末に起こった歴史的大変動の中で、それでは日本はいったいどのような針路を選択すべきか。

野田宣雄著『歷史の危機』(文藝春秋、1600円)は、日本の政治的・外交的選択の方向性を「歴史に尋ね」ながら論じている。数年来の激動は、19世紀スイスの歴史家ブルクハルトが説く「歴史の危機」の特徴をそなえており、その危機を解明するためには単なる現状分析では不十分であると、著者はいう。

そこで、ブルクハルトに倣い、著者は、歴史の中の「繰り返すもの、恒常的なもの、類型的なもの」を見据え、日本人が見落としがちな宗教面をもふくむ視点から、近年の世界の激動を読もうとしている。そして、そこから導かれる日本の選択は、米英との協調以外にないと主張する。

これらの著書からもわかるように、マルクス主義史観が自己崩壊したいま、世界の歴史はまったく新しい視点から洗い直されている。そのいっぽうで、日本人はみずからの歴史をかえりみるとき、いまなお東京裁判史観に拘束されつづけているとして、昭和を生きた日本人の心の歴史をたどっているのが、 桶谷秀昭著『昭和精神史』(文藝春秋、3500円)である。昭和改元から敗戦までの20年間にたどった日本人の悲痛な精神史には、平成の時代の深層を読み解くためのさまざまなカギがひそんでいるようだ。

近代的な価値観から遠く離れて、ローマ帝国の興亡やモンゴル民族の歴史を扱った、ユニークな歴史関係書も出されている。塩野七生著『ローマ人の物語Ⅰ』(新潮社、2200円)と、司馬遼太郎著『草原の記』(新潮社、1400円)である。帝国興亡の1000年の歴史を描く『ローマ人の物語Ⅰ』は、いわば著者のライフワークの第一弾。激動の20世紀末に生きる人々への古代ローマ人からのメッセージとして刺激的な物語であり、今後の展開が楽しみである。

いっぽう、『草原の記』は、著者自身の体験談も交えた自在な筆致で、モンゴルの風土が描かれており、読者はその筆致を通じて、歴史や文明をとらえる鋭い眼差しに出合うことができるだろう。

イギリスの歴史学者E・H・カーは、「歴史は、現在と過去との対話である」といったが、「いま」に夢中になっていた時代を過ぎ、手探りで未来を創造しなければならなくなった私たちは、さまざまなかたちで過去との対話をはじめたといえる。

フランシス・フクヤマ著『歴史の終わり』(上・下)三笠書房
ポール・ジョンソン著『現代史』(上下)共同通信社
野田宣雄著『歷史の危機』文藝春秋
桶谷秀昭著『昭和精神史』文藝春秋
塩野七生著『ローマ人の物語Ⅰ』新潮社
司馬遼太郎著『草原の記』新潮社
『小説すばる』(1992年8月号掲載)

ページトップへ