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経済ジャーナリスト 片山修 | Osamu Katayama Official Website

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観るか、読むか スポーツの本――海老沢泰久『ヴェテラン』文藝春秋 ほか

スポーツファンといえば、これまでほぼ男性に限られていたが、近頃、女性のスポーツファンが圧倒的に増えている。なかでも、女性の〝三大スポーツオタク〟といって、F1、相撲、競馬のファンが激増しているのだ。今年はサッカーのJリーグが始まるので、こうした女性ファンにも支えられて、スポーツはますます花盛りを迎えるに違いない。

このようにスポーツが隆盛なのは、冷戦構造の崩壊によって世の中から〝対立の図式〟が消え去り、 平和な時代を迎えたことと無関係ではないという説がある。つまり、スポーツの中に疑似対立を求めるというのだ。

そういえば、いまのスポーツファンはまるで観戦武官のように戦況について解説し、勝負について講評をするのが好きである。そんな観戦武官的なスポーツファンや知的なスポーツファンを意識してか、スポーツに関する本の出版もこのところ増えている。

わが国で最もポピュラーなスポーツといえば野球である。今年のプロ野球界は、ミスター・ジャイアンツこと長嶋茂雄の監督復帰、息子一茂のジャイアンツ入りなど、開幕前から話題沸騰といった感じだが、プロ野球界を描いたノンフィクションとして異色を放つのは、海老沢泰久著『ヴェテラン』(文藝春秋、1200円)である。

同書に登場するのは、比較的脚光を浴びる機会は少ないが、いずれもヴェテラン選手と呼ぶにふさわしい6人の男たち。「嫌われた男(西本聖)」「成功者(平野謙)」「指名打者(石嶺和彥)」「十年の夢 (牛島和彦)」「ヴェテラン(古屋英夫)」「秋の憂鬱 (高橋慶彦)」の六章で構成され、それぞれにマスコミによって作られたイメージを剥ぎ取り、プロフェッショナルに徹する彼らの生きざまが描かれている。大のドラゴンズファンの私は、平野、西本、牛島の章がひときわ興味深かった。

佐山一郎著『闘技場の人』(河出書房新社、2200円)も、会見記を主にしたスポーツ・ノンフィクションだが、こちらはラグビーの松尾雄治、水泳の長崎宏子、横綱・プロレスラーの輪島、プロ野球の尾崎行雄など、かつて栄光の座を手にした選手たちが続々と登場する。彼らがいま、〝闘いの場〟での熱い体験や苦しみを静かな気持ちで振り返るとき、さまざまな機微が浮かび上がってきて、読む者を飽きさせない。

野球と並んで、現代の日本人が愛してやまないのはゴルフであろう。アマチュア・ゴルファーの人口は1500万人にのぼる。その魅力はどこにあるのか。また、ゴルフ場と環境保護は両立するのか? 金権利権まみれのゴルフ場経営の現状をどう考えるべきか。こうしたいわばゴルフ社会学的観点から分析、問題提起を試みているのは、田中義久著『ゴルフと日本人』(岩波新書、580円)である。

広い視野と示唆に富んだスポーツ社会学の本としては、サントリー不易流行研究所編『スポーツという文化』(TBSブリタニカ、2300円)がとても面白い。同書では、スポーツという文化が人類史、とくに近・現代にどのような位置を占め、どう変貌してきたか、これからどうなるかが、多くの研究者によって多角的にとらえられている。イギリスの上流階級紳士の狩猟や乗馬の楽しみと、ロス、ソ ウル、バルセロナと止まるところを知らないオリンピックの商業主義的肥大の間に、いったい何があるのか、スポーツ文化の行方を考え直してみるには格好の書である。

昨年末、読みごたえたっぷりの登山家の人間伝が2冊続けて出版された。登山界の超人ラインホルト・メスナー著、松浦雅之訳『ラインホルト・メスナー自伝 自由なる魂を求めて』(TBSブリタニカ、2500円)と、本田靖春著『評伝 今西錦司』 (山と渓谷社、1900円)である。孤高の哲人とも称されるメスナーの自伝は、エベレストの無酸素登頂や8000メートル峰完全制覇など数々の偉業の背後に、弟を雪崩で失い、愛妻、親友とも別れなければならなかった孤独の悲しみがあることを、切々と読者に訴える。それでもなお、彼を冒険へと駆り立てる情熱は何なのか。「誰が、自由の本質を知っているのだろう? (略)自由というこの地上の楽園にもっとも 近いところにいるのが登山家だ」という言葉に、そのこたえが隠されているのではないだろうか。

『評伝 今西錦司』は、社会派のノンフィクション作家として知られる本田靖春が、今西錦司を取り上げたという意外性に、まずひかれた。今西といえば、高名な登山家・探検家として、また独創的な生態学者・生物学者として、既成の枠に収まりきらないまさに〝巨人〟であるが、著者はあくまでしたたかに人生を生き抜いた一人の人間として彼を描くこ とに力点を置く。また、著者はあるインタビューで、今西のどんなところに魅力を感じたかという質問に対し、「真の自由人であるところですね。とにかくやりたいことを全てやった人でしょう。(略)学問も探検も山登りも、何にもとらわれないで、自由にやりたいことだけやってきた。僕はそこにとてもひかれるんです」と語っている。メスナーと今西、二人の偉大な自由人の足跡に、これからも育つであろうスポーツと人間の崇高な結びつきを信じたい。

海老沢泰久著『ヴェテラン』文藝春秋
佐山一郎著『闘技場の人』河出書房新社
田中義久著『ゴルフと日本人』岩波新書
サントリー不易流行研究所編『スポーツという文化』TBSブリタニカ
ラインホルト・メスナー著、松浦雅之訳、『ラインホルト・メスナー自伝 自由なる魂を求めて』
TBSブリタニカ
本田靖春著『評伝 今西錦司』山と渓谷社
『小説すばる』(1993年4月号掲載)

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