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経済ジャーナリスト 片山修 | Osamu Katayama Official Website

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変貌する中国をどう理解するか――邸永漢『中国人と日本人』中央公論社 ほか

せんだって、日本から香港に本部を移して話題を呼んだ国際流通グループ、ヤオハン代表の和田一夫氏にインタビューする機会があった。席上、氏は昨年末に北京でオープンしたヤオハン出資のショッピングセンター「寶物購物中心」で、現在もっとも売れている商品を紹介してくれたが、それによると資生堂やクリスチャン・ディオールの化粧品、パーカーの万年筆、ダンヒルのライター、イタリア製の靴などだという。

わが国の昭和30年代半ばのサラリーマンの三種の神器といえばオメガの時計、パーカーの万年筆、ロンソンのライターであったと思うが、 中国も同じような消費志向が現われたということだろうか。

わが国はその後、昭和39年の東京オリンピックを機に高度成長路線を一気に突っ走ったことはあらためて指摘するまでもないが、中国が西暦2000年に北京オリンピックの開催を狙っていることを考え合わせると、いまの同国はまさに昭和30年代の日本に近いといったらいいのだろうか。

折しも、この3月に開かれた中国の全人代では、憲法が改正され、〝計画経済″から〝社会主義市場経済″への移行が明文化された。高度成長を続ける中国は、21世紀に向かってどこまで経済開放を行い、どこへいこうとしているのだろうか。その意味で、邸永漢著『中国人と日本人』(中央公論社、1200円)は、中国大陸の今後の経済発展を解くうえで、たいへん参考になる一冊だ。

「大中華経済圏」を予言する著者は、自らの体験をふまえて、日本人は職人、中国人は商人という、二つの民族のまったく異なった素顔を浮き彫りにする。そして、「社会主義市場経済をバカにするな」 として、商才に長けた中国人の目指す市場経済化が単なる資本主義の復活ではないことを指摘する。開放政策の今後を理解するうえで、「もっとも重要なことは、中国人の一人一人が『この道を歩けば、生活が豊かになる、これ以外にもう道はない』と自覚したことであろう」とし、「中国は、いまイギリス式でもなければ、アメリカ式でもない、従来の資本主義とは少々違った方向に向かって歩き出しているのだと思えば、理解しやすいのではなかろうか」という。

中国大陸の経済発展に今後、日本がどのようにかかわっていくかはまだ未知数のところがあるが、著者が昨年、ヤオハンの和田氏と同様に、住まいを日本から香港に移した事実を考え合わせるとき、日本はいよいよきちんとした中国理解が求められる時代に入っているの感を強くさせられる。

中国の行方を経済の面から見据えた書を、もう二冊紹介しよう。徳岡仁著『上海レポート「巨大開発と犯罪」』(蒼蒼社、1800円)と、松本國義著『華南経済圏~「近代化」中国と華橋~』(日本貿易振興会(ジェトロ)、2000円)である。前者は、上海に90年から92年まで、日本国総領事館専門調査員として滞在した著者が、その間に取材、調査した上海の現況をまとめたものだが、これまであまり知られることのなかったベールの内側の事実を、きわめて冷静な目で観察し、発展の裏側で同時に発生する暗部をも鋭くとらえている点が興味深い。

後者は、ジェトロの海外調査部に所属する中国・アジア研究者による、一つの華橋、華人論である。現地での多くの実業家や華橋との交流、取材がベースとなっているため、華南経済圏のダイナミックな動きがいきいきと紹介されている。

それにしても、中国という国を理解するのは容易なことではない。邸氏は著書のなかで「過去にこだわって未来を見誤るな」と繰り返し述べているが、そう簡単に過去の中国と未来の中国を切り離して考えることができるものだろうかという気がしないでもない。現に、中国に生きた人々のすさまじい人生を描き、〝衝撃の書〟として世界的に多くの話題を呼び起こすこととなったノンフィクションが、たてつづけに二冊出ている。ユン・チアン著、土屋京子訳『ワイルド・スワン(上・下)』講談社、各1800円)と、ベティ・パオ・ロード著、金美鈴訳『中国の悲しい遺産』(草思社、2900円)である。

『ワイルド・スワン』は、清朝滅亡、日本軍侵略、国共内戦、長征、大飢饉、文化大革命と、動乱が続いた今世紀の中国の歴史に翻弄されながらも、略奪、暴行、飢餓、迫害、拷問、虐殺などあらゆる苦難を乗り越えて生きた祖母、母、そして娘である著者自身の三代100年にわたる、中国の女性たちの歴史書だ。事実がもつ迫力には圧倒されるものがある。

『中国の悲しい遺産』の著者は上海生まれの女性。 中国人でありながら、米国大使ウィンストン・ロードの妻として中国に里帰りしたさい、親族はじめ多くの中国人から、この40年間に起きたことを直接聞き、書き留めたのが本書だ。国家は、みなそれぞれに、希望に満ちた将来とともに、悲しい負の遺産を捨てることはできない。このことは、中国に限ったことではないだろう。

最後に、広東の変貌を通して21世紀の中国を多角的に分析、検証した、いわば中国理解のテキストとして、エズラ・F・ヴォーゲル著、中島嶺雄監訳『中国の実験』(日本経済新聞社、2900円)をあげておこう。

邸永漢著『中国人と日本人』中央公論社
徳岡仁著『上海レポート「巨大開発と犯罪」』蒼蒼社
松本國義著『華南経済圏~近代化」中国と華橋~』日本貿易振興会(ジェトロ)
ユン・チアン著、土屋京子訳『ワイルド・スワン(上・下)』講談社
ベティ・パオ・ロード、金美鈴訳『中国の悲しい遺産』草思社
エズラ・F・ヴォーゲル著、中島嶺雄監訳『中国の実験』日本経済新聞社
『小説すばる』(1993年6月号掲載)

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