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経済ジャーナリスト 片山修 | Osamu Katayama Official Website

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ヒトと都市の係わりを考える――ロバータ・B・グラッツ『都市再生』晶文社 ほか

都市の時代である。ボーダレス時代を迎えて、都市の役割は、ますます重要になってきている。国境の壁が次第に低く、薄くなるとともに、コミュニケーションの場としての都市の役割は大きくなっている。 人々は都市に集まって情報交換をする、議論をし合って知的刺激を味わう、あるいは知恵を出し合って未来について語る。そこに、新しい文化が創造される。その意味で、ニューヨーク、パリ、ロンドン、東京などは世界的な知的生産地といっていいだろう。

実際、成熟した社会を迎えて、コミュニケーション・センターとしての都市の役割は今後、ますます重要になっていくに違いない。豊かになった人々は、ヒトとヒトとの結びつきを求めるようになるからである。他人と争って糧を求める必要がなくなった人々は、豊かな社会にふさわしい、新しい価値観を確立すべく、知的交流を深めていく。そのためにも都市は、あらゆるところから、あらゆる人々が集まってくるような魅力的な場所でなければいけない。果たして都市の現状は、そうなっているのだろうか。

産業の衰退、人口流出、環境破壊などによって荒廃した都市の再建について論じているのが、ロバータ・B・グラッツ著『都市再生』(晶文社、3800円)と、重森暁・遠州尋美編『都市再生の政治経済学』(東洋経済新報社、3900円)である。

『都市再生』は、ニューヨークを中心とする米国の都市がいかによみがえったかをレポートしたノンフィクションである。著者は、「ニューヨーク・ポスト」のベテラン女性記者だけに、自分の足で歩き、 丹念に取材して再生に成功した街の事例を紹介している。「都市構造を保存すること、宝物のように大切な古いものと、必要な新しいものを共に織り込むこと、そして小さなことへの取り組みを忘れないこと。都市の真の再生とは、これにつきるのだ」と、彼女は述べている。

『都市再生の政治経済学』は、産業構造の変化が都市に与える影響についてとりあげている。日米の学者の論文集として編集されているので、気楽に読むというわけにはいかないが、今日の都市問題や都市と産業との関係などについて、国際比較の視点から新しいヒントが出されている。「日本の都市・産業の構造変化がアメリカにどんなインパクトを与え、どんな変化をよび起こしたか、また逆にアメリカの都市・産業のリストラクチャリングが日本にどんな影響を与え、どんな変化を引き起こしているかを交互に調べ、そのうえで両国の変化の共通性と違い、相互依存関係」などが語られている。

そうした政治経済からの側面ではなく、住む側の論理から都市のあり方、住み方などについて書かれているのが、枝川公一著『東京はいつまで東京でいつづけるか』(講談社、1600円)、山本理顕著『細胞都市』(INAX、927円)、茂木信太郎著『都市と食欲のものがたり』(第一書林、2000円)の三冊である。

『東京はいつまで東京でいつづけるか』は多摩、新大久保、築地、御茶ノ水、吉祥寺に生きる人々をルポし、東京の未来像を描き出そうとしている。印象深いのは、昔からの文化が切り取られていくことに対する危機感を訴えていることだ。「経済と文化の接点、あるいは、ビジネスの利益と街の繁栄の合致点をどこに見つけていくかという、これからの都市 にとって重大なテーマである」と、著者はいう。

『細胞都市』は、核家族化して家族という単位が社会的単位としての役割を果たせなくなっている現実に目を向け、新しい都市の住まい方の可能性を建築家の立場から探っているのが特色だ。現代は、社会両↔家族↔個人という関係から、社会↔個人↔家族という 関係に変わっている。「個人が家族という集団を介さずに外側の社会と直接、接続されているわけである。つまり、この個人は、家族の構成員ではなく自立した個人として社会と面と向かっているわけである。そしてその個人の背後に家族という関係を持っている」という。その中で、個人を単位とすると同時に、家族という単位も許容する共同生活を送るための集合住宅が提案されている刺激的な書物だ。

また、『都市と食欲のものがたり』は、現代人の食は、どのような思想と仕組みによって成り立っているかがテーマになっている。たとえば、英国の雑踏食品であるフィッシュアンドチップスは、産業革命によって生まれた。「蒸気機関のトロール船はこれまで船では届かなかった海域で魚類の大量捕獲を実現した。何しろバージンストックがあるから採り放題だったので、都市労働者の安い食べ物として爆発的に普及したのだ」といったエピソードがいっばい詰まった楽しい本である。

このほか、土木遺産から都市を語る伊東孝著『東京再発見』(岩波新書、580円)はユニークな都市論の本である。明治から関東大震災復興期にかけて作られた橋、地下鉄、トンネル、公園など、いまに残る土木遺産を訪ね、建造の秘密を解きながら、都市の美と歴史を語っている。「土木遺産には、歴史がありロマンがある」という著者は、「あすの歴史にのこるような構造物を、土木屋ははたしてつくっているのか」と問うている。

ロバータ・B・グラッツ著『都市再生』晶文社
重森暁・遠州尋美編『都市再生の政治経済学』東洋経済新報社
枝川公一著『東京はいつまで東京でいつづけるか』講談社
山本理顕著『細胞都市』INAX
茂木信太郎著『都市と食欲のものがたり』第一書林
伊東孝著『東京再発見』岩波新書
『小説すばる』(1993年12月号掲載)

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