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混沌の現代世界を把える――深田佑介『黎明の世紀』文藝春秋 ほか
東欧・ソ連の崩壊は、果たして資本主義社会の全面的勝利を意味するのだろうか。史上最大の債務国に転落したアメリカの現状を見るかぎり、にわかにそう断言するのははばかられるであろう。そのアメリカを追い抜いて、いまや世界一の経済大国にのし上がった日本は、真実、世界一豊かな国といえるのかどうか。バブル経済がはじけ、右往左往する社会を前にして、われわれはいよいよもってその実感がわいてこない。考えれば考えるほど、今日の世界はまるでビニール袋をかぶったように半透明である。
このとき、ノンフィクションは、現代を鋭く把えているのだろうか。
故篠田一士は、『ノンフィクションの言語』の中でこう述べている。「いくら事実の世界を記録するといっても、そこにあるものは事実そのものではない。言語という媒体によって記号化されたものの集積であることを確認するならばの事実というものも、また、その言語の約束事、あるいは運動の法則に従っていることはいうまでもない」と。
現代のノンフィクション作家は、いかなる言語活動による〝ノンフィクション言語〟をもって、この混沌とする世界を描き出しているのか。以下、6冊の本を取り上げてみた。
深田佑介の『黎明の世紀』(文藝春秋、1300円)と、アンドレイ・イレーシュ、エレーナ・イレーシュの『大韓航空機追撃九年目の真実』(文藝春秋、1500円)は、ともに歴史的事実に焦点を当てた作品である。
『撃明の世紀』は、 太平洋戦争下の1943(昭和18)年11月、東京で開かれた大東亜会議をテーマにしたノンフィクションであり、戦後日本を覆ったいわゆる東京裁判史観の虚偽を衝くという画期的な歴史検証を行っている。大東亜会議といえば、一般には日本のアジア支配を正当化するための、傀儡政権による茶番劇と見られているが、一方、それは数百年にわたる欧米植民地支配からの解放を目指し、アジア民族の解放と自立を謳い上げた史上初の〝アジア・サミット〟であったと、著者は指摘する。こうした認識に立ち、日本の戦後の歪められた戦争認識のあり方に鋭く切り込み、今日、日本が進むべきアジアとの共存への指針を示唆している。
後者の『大韓航空機撃墜九年目の真実』は、83年9月1日に起こったあの悲劇的な事件を、ソ連国内において調査、取材してまとめたノンフィクションであり、長い間アンタッチャブルにされてきた事件の全貌に迫る前例のない試みでもある。
事件に直接かかわった軍人や潜水夫などを探し出し、その証言を積み上げることによって、著者は事件の核心に迫って行く。そのプロセスの中で、読者は、著者とともに事件に関するさまざまな新事実を知ることができるだろう。
歴史検証の労作につづき現代社会を扱ったノンフィクションを紹介したい。江波戸哲夫の『西山町物語』(文藝春秋、1600円)、朝倉喬司の『東京の事件』(王国社、1600円)、沢木耕太郎の『彼らの流儀』(朝日新聞社、1100円)の三作である。
江波戸は『西山町物語』で、日本人の戦後史を地方から東京への民族大移動の歴史ととらえ、新潟県の西山町という町を定点観測地点に据えて人々の移動の実態に迫っている。
田中角栄の故郷でもある西山町は、東京に最も多くの人を送っている新潟県の中でも、特に県から指定を受けている過疎地。そこに生まれ、そこから出て行く人々の人生を丹念にたどることによって、戦後の日本人の生き方そのものを描き出している。そして、民族 大移動の行き着く先が、今日の東京集中であり、地上げブームであり、バブルであった。
その大東京で起こるさまざまな犯罪にスポットを当てたのが『東京の事件』である。著者の朝倉喬司は、犯罪事件を追うノンフィクション作家であるが、本書では83年から90年までの東京で起こった犯罪をリポートし、80年代という時代の深層部分を解読しよ うとしている。
それとは対照的に、現代に生きる有名、無名の人々の人生の断片を切り取り、時代の気分を映し出しているのが沢木耕太郎の『彼らの流儀』である。
これら三作は、それぞれにまったく異なった〝ノンフィクション言語〟によって、いまという時代を刻んでいる。
最後に紹介したいのは、アメリカの第一級ジャーナリスト、デイビッド・ハルバースタムの『ネクスト・センチュリー』(TBSブリタニカ、1300円)。著者は、祖国「アメリカの世紀」の終焉を苦い思いで直視しながら、二十一世紀をわれわれはどう生きるべきかを考えるにあたっての、さまざまな警告を発している。四十年にわたる記者活動において、一貫して〝事実〟という言語に固執してきた著者が、自らの言語で感慨を述べていることにも注目したい。
深田佑介著『黎明の世紀』文藝春秋
アンドレイ・イレーシュ、エレーナ・イレーシュ著『大韓航空機追撃九年目の真実』文藝春秋
江波戸哲夫著『西山町物語』文藝春秋
朝倉喬司著『東京の事件』王国社
沢木耕太郎著『彼らの流儀』朝日新聞社
デイビッド・ハルバースタム著『ネクスト・センチュリー』TBSブリタニカ
『小説すばる』(1992年2月号掲載)