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経済ジャーナリスト 片山修 | Osamu Katayama Official Website

書評詳細0

昭和という時代を検証する――林健太郎『昭和史と私』文藝春秋 ほか

「昭和の終わりとはいつか」と問われたとき、年号でいえば、たしかに昭和天皇が崩御した1989(昭和64)年1月なのだが、ある人は敗戦を迎えたとき、ある人は日米安保条約が結ばれたとき、またある人はバブル経済がはじけたときと答えるかもしれない。つまり、昭和という激動の時代を生きた人々には、それぞれが時代に対する強い想いがあって、その人の想いと記憶によって昭和の終焉の仕方が違ってくるのは当然かもしれないのだ。

しかし、これまで戦後48年にわたって続いてきた戦後体制がバブル経済の崩壊を期に音をたてて崩れ去った今日、昭和がひとつの歴史になったことは確かであろう。

思えば、昭和という時代ほど、政治的にも経済的にも思想的にも国内外の大きな歴史のうねりを受けて、大きく変化を遂げた時代はない。林健太郎著『昭和史と私』(文藝春秋、1800円)は、その時代の流れと自分史を重ね合わせて描いている。

著者は43年から44年にかけての大学紛争のとき、東大文学部長として学生に173時間軟禁されながらも屈しなかったとして有名だ。

ただ、軟禁といっても、「『団交』のない時間に私は出られないが他の教授は外出自由であったから、そういう人がビールやウイスキーを買って来、また外から差し入れをしてくれる人もあって、何となく酒や食物が部屋の中にたまることになった」という。そして、「その夜私はウイスキーをガブガブ飲んでぶっ倒れてしまった。そこでこれは様子がおかしいということになり、保健センター、青医連双方の医者が来て診断をした結果、これはドクターストップだということになった」と173時間の軟禁事件の顛末を記している。

著者はあとがきで「私が育ち、生きた時代というものはまことに変化が大きく、また多くの問題を含んでいるので、それは大いに研究され、論ぜられなければならないものである」といっているのは、誰もがうなずくところだろう。

その意味で、戦前と戦後の二巻に分けて昭和史を政治、経済、社会、文化の側面から複合的にとらえている中村隆英著『昭和史(Ⅰ・Ⅱ)』(東洋経済新報社、各2300円)は、「昭和とは何だったのか」という問いに対する一つの回答を与えてくれる。日本近代経済史の第一人者である著者は『昭和史Ⅰ』では1926年から45年までを扱い、序章「第一次世界大戦の衝撃」から「『大東亜共栄圏』の夢」にいたる戦前の歴史を論じている。『昭和史Ⅱ』では、1945年から89年までを描き、「占領・民主化・復興」から「『大国化』と『国際化』」へと至る戦後史をとりあげている。

「私の試みた昭和史は、同時代に生きたものとして、その時代の体験を反映したものになっている。昭和が老いるとともに私も老いていくにつれて、体験の質も変われば、考え方も変わるのは避けられない。その制約を知りながら、できるだけ客観的に、とつとめて本書を書いたが、それは当然に本の特色にも制約にもなっている」

と述べているが、昭和の通史としてみごとに仕上げられている。

これに対して、昭和史に存在するさまざまの謎について強い好奇心と行動力でもって迫っているのが、秦郁彦著『昭和史の謎を追う(上・下)』(文藝春秋、各2000円)である。二・二六事件、慮溝橋事件、南京虐殺事件、ノモンハン事件、東京裁判、帝銀事件、松川事件などについて、ふんだんにエピソードをまじえながら、ときに著者の率直な見解を述べるなど、謎の解明を多角的に行っている。中村隆英氏の『昭和史(Ⅰ・Ⅱ)』は、生真面目な記述に終始しているが、こちらは物語性にも富んでいて興味深く読み進むことができる。

リチャード・B・フィン著、内田健三監修『マッカーサーと吉田茂(上・下)』(同文書院インターナショナル、各1800円)は〝元帥〟と〝宰相〟を軸にした占領通史である。著者は、第二次世界大戦中にアメリカ海軍日本語情報将校をつとめ、1947年から52年まで外交官として日本に駐在した経験の持ち主だ。占領時代の憲法制定、農地改革、教育改革、経済復興、安全保障問題などを通して、戦後の日米関係の原点を検証している。

桶谷秀昭著『昭和精神の風貌』(河出書房新社、2400円)は、德富蘇峰、西田幾太郎、永井荷風、亀井勝一郎など10人の思想家、文学者が第二次大戦にいかに精神的にかかわったかを論じながら〝昭和の精神″の原点を探った評論集である。著者は、『司馬遷』を記した武田泰淳、『魯迅』を記した竹内好らの仕事を通して「戦後に二度と書き得なかつた緊張した精神が、不自由な言論統制下にあって、かへつて自由を獲得してゐるのを今日如実に感じるのである」といっている。

最後に、秋山正美著『少女たちの昭和史』(新潮社、1600円)を見落とすわけにはいかない。いままであまり語られることのなかった昭和初期の十代の少女を中心とした生活史で、衣食住、娯楽、スポーツ、職業などを通して庶民の風俗が描き出されており、なつかしく読むことができる。

林健太郎著『昭和史と私』文藝春秋
中村隆英著『昭和史(Ⅰ・Ⅱ)』東洋経済新報社
秦郁彦著『昭和史の謎を追う(上・下)』文藝春秋
リチャード・B・フィン著、内田健三監修『マッカーサーと吉田茂(上・下)』
同文書院インターナショナル
桶谷秀昭著『昭和精神の風貌』河出書房新社
秋山正美著『少女たちの昭和史』新潮社
『小説すばる』(1993年8月号掲載)

 

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