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資本主義の行方を読む――P・F・ドラッカー『ポスト資本主義』ダイヤモンド社 ほか
いまビジネス書がおもしろい。東西冷戦構造の終結は、資本主義の社会主義に対する勝利だといわれているが、果たしてそうだろうか。たとえば〝知識〟〝満足〟〝自由放任〟〝欲望〟などといった何気ない言葉をキーワードに現代資本主義を分析する、 幾冊かの書物は、なかなか刺激に富んでいるのだ。
さしずめP・F・ドラッカー著、上田惇生ら訳『ポスト資本主義社会』(ダイヤモンド社、2400円)は、その代表作であろう。「われわれが異質な新しい社会に入ったことがはじめて明らかになったのは、イデオロギーとしてのマルクス主義と社会システムとしての共産主義の双方の崩壊によってである」と論じるドラッカーは、返す刀で「社会システムとしての共産主義を破壊したのと同じ力が、資本主義も老化させつつある」というのだ。その力は何かといえば〝知識〟だとする。「基本的な経済資源、すなわち経済用語でいうところの『生産手段』は、 もはや、資本でも、天然資源(経済学の『土地』)でも、『労働』でもない。それは知識となる」というのがドラッカーの主張だ。つまり、〝知識〟が反資本主義でも、非資本主義でもない「ポスト資本主義社会」という新しい〝知識社会〟を誕生させつつある。「今や、知識の仕事への適用たる『生産性』 と『イノベーション』によって価値は創造される」として、これからの最も重要な社会勢力が、〝知識労働者〟〝サービス労働者〟になると説いている。
一方、現代資本主義を〝満足〟というキーワードでもって論じているのがJ・K・ガルブレイス著、中村達也訳『満足の文化』(新潮社、1900円) である。アメリカでは満ち足りて自己満足に浸る人々がついに多数派になった。「支配権を握っている満ち足りた層の信念が単に少数者のものではなく、いまや多数者のものとなったということである」という。この満足した多数派の利害を反映したイデオロギーが民主主義的に正当化されている。しかし、「そのデモクラシーとは、あらゆる市民のものではなく、自分たちの社会的経済的利益を守るために実際に投票所に行く人々のデモクラシー」に過ぎないと指摘する。その最たるものが〝自由放任主義(レッセ・フェール)〟、であるという。
〝自由放任〟といえば、この豊かな社会の危機ともいうべき米国の『満足の文化』の現状を告発し、米国は何をなすべきかを説いているのが、ロバート・カトナー著、佐和隆光・菊谷達弥訳『新ケインズ主義の時代』(日本経済新聞社、2800円)である。原題の『レッセ・フェールの終焉』を見てもわかるように、レーガン・ブッシュ政権があまりにもレッ セ・フェールにこだわった結果、財政赤字と貿易赤字がもたらされるなど矛盾があらわになったと分析。米国は市場を万能視する新古典派経済主義を捨て、いま一度ケインズ経済学に戻るべきだという。日本やヨーロッパと同じように産業の保護・育成、 政府の規制の強化、貿易における互恵ルールの協議など、国際経済システムの再構築を提言している。
榊原英資著『文明としての日本型資本主義』(東洋経済新報社、1600円)も、自由放任、すなわちレッセ・フェールに疑問を投げかけている。「経済をすべて市場のみに委ね、何がなんでも民営化しようとする極端な自由放任主義は、多くの国ですでに終わりつつある」という。「いま、日本に求められているのは、自らナショナル・アイデンティティを求め、次第にそれを確立すること、そして、 それにしたがって明確な政策体系を示すことであろう。(略)そのためには、いたずらに改革を叫ぶことではなく、日本の歴史や文化の足元を見つめ、そのアイデンティティについてじっくりと議論を続けていくことが必要であろう」と、現役の大蔵官僚らしく結論づけている。
これに対し、中谷巌著『日本企業復活の条件』(東洋経済新報社、1600円)は、まったく逆の立場から日本型資本主義を論じている。「日本型資本主義体制はいま、戦後のキャッチアップの時代を終え、本格的な改革期を迎えたのである。この『キャッチアップ型』システムから、先進国のいわば『パイオニア型』システムへの転換は、1993年に進行した急激な円高によって加速されなければならないだろう」という。そのためには、規制緩和を大胆に行うことにより、これまで保護されてきた生産性の低い産業の活性化を図ることが平成不況脱出の条件であると述べている。また、〝欲望〟という言葉をキーワードに資本主義を分析しているのが、佐伯啓思著『「欲望」と資本主義』(講談社現代新書、600円)だ。「資本主義とは、人々の欲望を開拓し、それを商品化し、そこに利潤機会を作り、 それに投資し、さらに新たな技術やマーケットを開拓するという自己増殖的な運動」のことであるという。欲望とは、知的好奇心においても、自然支配においても、宗教的情熱においてもつねにフロンティアを拡張しようという動きを持っている。資本主義は、「そのフロンティアの拡張を方向づけ、その流れを整序する装置なのである」と述べている。
こうして読んでくると、現代資本主義の行方は、冷戦終結後の新しい経済システムの枠組みの構築といかに密接不可分であるかがわかるのである。
P・F・ドラッカー著、上田惇生・田代正美・佐々木実智男訳『ポスト資本主義社会』
ダイヤモンド社
J・K・ガルブレイス著、中村達也訳『満足の文化』新潮社
ロバート・ カトナー著、佐和隆光・菊谷達弥訳『新ケインズ主義の時代』日本経済新聞社
榊原英資著『文明としての日本型資本主義』東洋経済新報社
中谷巌著『日本企業復活の条件』東洋経済新報社
佐伯啓思著『「欲望」と資本主義』講談社現代新書
『小説すばる』(1994年2月号掲載)