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経済ジャーナリスト 片山修 | Osamu Katayama Official Website

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末期的な日本政治を問い直す――佐々木競『政治はどこへ向かうのか』中公新書 ほか

自民党前副総裁の金丸信氏は、佐川事件をめぐる衆議院予算委員会の臨床尋問において、次のように語った。

「橋の上から子供が落ちた。それを助けてくれたのが暴力団であったって、感謝の気持ちがあってもいいじゃないか。それについていかようにおとがめを受けようとやむを得ぬ。これが私の人生観だ。政治哲学だ」

金丸氏一流の義理人情の吐露といえばそれまでだが、自民党の最高実力者の言葉としては、あぜんとするほかない。ましてや、それを聞いた自民党首脳が涙をこぼしたというのだから、 日本の政治はもはや末期症状にあるといわなければならない。

政治改革を政治家にゆだねるのは、ドロボウに刑法改正をまかせるようなものだという言葉があるが、日本の政治は、戦後政治の枠組である〝五十五年体制〟が金属疲労を起こす中で、いったいどこまで漂流を続けるのだろうか。

佐々木競著『政治はどこへ向かうのか』(中公新書、660円)は、このような事態に陥った日本の政治に対する警世の書である。日米構造協議において、日本の政府は「いったいどのような理念で政策を誘導してきたのか」、湾岸戦争という国際的危機に際し、「政治の求心性のなさ、政策決定の仕組みの不透明性など合理的な政治行動に必要ないくつかの条件」が日本の政治にはあまりにも乏しかったのではないかと、著者は糾弾する。

本書は選挙制度のあり方や政治資金の問題、国会改革あるいは政党のあり方などを取り上げるのではなく、あくまでも大局的視点から「失ってはならないものつまり、名誉と誇りを決定的に失った」日本の政治が向かうべき方向を明らかにした貴重な提言書である。

森田実著『自民党世紀末の大乱』(東洋経済新報社、1500円)は、一貫して反金丸・小沢体制の立場から、現在の自民党を蝕む病巣の奥深くまでメスを入れる。著者が反金丸・小沢の立場をとる理由は、その一派を「日本の政治の中から道義を奪い、倫理を奪い、礼儀を奪い、無法者、ならず者のやり方を政治の世界に持ち込んだ元凶」と見るからだという。

都知事選における磯村候補擁立の裏には何があったのか、湾岸戦争での90億ドル拠出をめぐって金丸・小沢と公明党のあいだでどのような取引があったのかなど、著者は躊躇なく明快に語り、知られざる断面を思い切った筆使いで書いている。

経済学者による政治家論として注目されるのは、森嶋通夫著『政治家の条件』(岩波新書、550円)である。長いイギリス生活を経て現在ロンドン大学名誉教授の職にある著者は、これまで数々のサッチャー批判の書を発表してきたが、本書ではその持論と連結させながら、湾岸戦争以来クローズアップされてきた日本の政治の悪い部分を、イギリス、EC、日本の比較の上で検討している。

たとえば、サッチャーの「信念過剰の政治」と海部元首相の「無信念の政治」の両者を、比較しながら痛烈に批判し、「いずれにせよ、信念過剰も無信念もともに悪いのですが、どちらの方がまだましかと言えば、私は過剰の方が救い途があると思っています」という。また、政治論の古典マックス・ウェーバーの『職業としての政治』を手掛かりに、国家が揺らぐ時代に求められる政治家像や政党のあり方を説いている。

中曽根康弘著『政治と人生』(講談社、1700円)は、政治家が自らの半生を綴った回顧録であり、政治家の書く本はめったにベストセラーにはならないといわれる中で、ベストセラー入りを果たした希少な本といえる。内容は、生い立ちから海軍主計中尉、敗戦、政治家への道、そして総理大臣就任までの政治活動の記録であるが、随所に写真や資料、書簡、あるいは日記からの引用をちりばめるなど、 パフォーマンスの政治家の半生記らしい内容となっている。

個人でも会社でも国家でも「最大の困難は成功を続けることにある。衰亡のきざしは成功の内にある」として、日本の進路を示したのが、高坂正堯著『日本存亡のとき』(講談社、1600円)である。冷戦とは何であったか、それはどのように展開し終了したか。冷戦後のヨーロッパ、アジア、アメリカの情勢はどう変わったか。そうした世界の動きにかかわってきた日本の戦後の歩みはどうであったか。 そしていま、どの点に克服されるべき欠点と変化の必要性があるのか。本書では、歴史的なアプローチによってそれらのテーマがじっくりと説き明かされていく。

香山健一企画監修『選択のシナリオ』(高木書房、1700円)では、天谷直弘、石井威望、加藤寛、公文俊平、小林陽太郎、渡部昇一の諸氏が、さまざまな角度から日本の将来を見据えている。本書の中で示されている「たとえ、『最善のシナリオ』を発見することは難しいとしても、少なくとも『最悪のシナリオ』を回避するだけの智慧を見いだすことは、20世紀の激動を経験した世代の共同の責務であろう」という認識は、いまの日本の政治を問い直す上で出発点となるのではないだろうか。

佐々木競著『政治はどこへ向かうのか』中公新書
森田実著『自民党世紀末の大乱』東洋経済新報社
森嶋通夫著『政治家の条件』岩波新書
中曽根康弘著『政治と人生』講談社
高坂正堯著『日本存亡のとき』講談社
香山健一企画監修『選択のシナリオ』高木書房
『小説すばる』(1993年2月号掲載)

 

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