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経済ジャーナリスト 片山修 | Osamu Katayama Official Website

旅・夢風景

片山修が旅について語る。
日本各地の写真とコラムによる「旅夢風景」

津軽 太宰の原点・斜陽館 十三湖に吹く風  津軽の秋は深い

tsugaru11上手な旅をしたいと思った。


 津軽半島とくれば、竜飛岬。突端に位置し、一年中強風が吹き、まるで竜が飛ぶが如くであるという、あの岬だ。石川さゆりの「津軽海峡・冬景色」の、あの岬だ。果ての地に憧れるのは、いまだ冒険心を失っていない証拠。
 だが、いかんせん、竜飛岬は、JR青森駅から、クルマでおよそ2時間半。日程の都合上、空しく断念。
 次なる津軽の旅のため、竜飛岬はとっておくことにする。旅は、未完成に限る。行きそこなった場所を一箇所はとっておけば、また行きたくなるからである。
 かくして、途中の蟹田で冒険心を挫折させて、「浅い真珠貝に水を盛ったような」と、地元の作家・太宰治が評した十三湖を目指すことにする。
 十三湖は、白神山地を源流とし、津軽平野を南から縦貫する岩木川が日本海にそそぐ河口にある。淡水と海水が混じる、典型的な汽水湖で、シジミの産地として有名。年間1,900トンも採れるという。
 遠く眺めやると、米粒のような影が点々と見える。まさか人ではあるまいなと、よくよく目を凝らせば、やはり人。その人影が岸辺に向かって、逆光の中を歩いてくるではないか。キラキラ光る水面。だんだん大きくなる黒い影。かすかに風が吹いている。
 湖だから、水深がかなりあると勝手に考えていたところが、見れば、その深さは、足首までしかない。引潮なのだろうか。それとも、岩木川が運んできた砂の堆積のせいだろうか。昔、十三は、「とさ」と読み、地名由来が「吐砂」からきていると聞いたことがあるが、いかがであろうか。太宰のいうように、まさに「浅い真珠貝」であることは間違いない。
 なるほど、それだけ浅ければ、米粒を散りばめたように、人が湖の中にいるわけだと納得。むろん、彼らは、シジミ採りの人たちであった。

「太宰三昧の一日」


tsugaru111 岸にあがってきた長靴の老人に、「漁師さんですか」と訊く。「いんやあ」と、のどかな返事。朝7時半から、湖に出ているのだという。  

 そういえば、看板が立っている。「蜆採取開放場所」。「入漁料300円を支払いせず蜆を採取する方は罰せられます」とある。
 今日は、ちょうど土曜日。シジミ採りは、汐干狩りと同じくレジャーというわけか。時計は、すでに午後2時過ぎ。網袋が大きく膨らんでいる。朝からの成果は、「20キロはあるかな」と老人。「近所に配る」という。
 近くに、吉田松陰の顕彰碑が建っていた。松陰は、脱藩して、東北旅行した際、津軽海峡の沿岸防備視察のため、この地にまで足を運んでいるという。松陰も、この十三湖のシジミ採りの風景をみたのだろうか。
 また、十三湖には中世、東北と京都を結ぶ〝津軽船〟が往来した十三湊(とさみなと)があって、大いに栄えたという。近年、その遺跡が発掘され、今も調査が続いている。その関連の史蹟跡も見物したかったが、時間の都合上、残念ながら、ここも次回に残すことにする。
 そんな歴史に思いをめぐらせながら、名物のシジミラーメンを食する。塩味のラーメンの上に、シジミがのっている。汁をすすると、かすかにシジミの味が舌に残った。
 十三湖からクルマを走らせること、およそ15分。太宰治のふるさと、金木町である。
「津軽平野のほぼ中央に位し、人口五、六千の、これという特徴もないが、どこやら都会風にちょっと気取った町である」

tsugaru8 と、太宰の小説「津軽」の一節にある金木町は、静かな田園風景の中に眠っていた。

 さて、金木町とくれば、ご存知、太宰ファンのメッカ「斜陽館」。入館者は、年間約9万人。ということは、1日平均246.5人の計算。太宰の人気は根強いようである。
「この父はひどく大きい家を建てたものだ。風情も何もないただ大きいのである」と、斜陽館について、太宰は記しているが、明治40年創建の建物は、いまや風雪を経て、十分に風情を備えている。むしろ、驚いたのは、斜陽館が想像以上の貫禄ある豪邸だということだ。部屋を数えると、20室近くあった。太宰の罪の意識の原点は、この地主の〝家〟にあったのか。
 備え付けのノートをのぞくと、若い女性が「太宰三昧の一日でした」と記していた。多感な年頃の彼女たちは、太宰の苦悩、懊悩、含羞に精神的共振作用を起こしたのだろうか。
 
山道を越えて
秘湯へ

 泊まったのは、南八甲田の麓にある、山間の黒石温泉郷の一つ、落合温泉「花禅の庄」。女将さんの話によると、「落合温泉には、10軒の旅館があります」という。

tsugaru12 その中で「花禅の庄」は、女性に人気の宿で、きめ小まやかなサービスが持ち味だ。囲炉裏でじっくりと焼いたというイワナの香ばしさが忘れ難い。朝、目覚めると、山に白い霧がかかっていた。

ランプの宿で有名な秘湯「青荷温泉」に出かける。黒石温泉郷から23キロ、クルマで30分強。途中、国道102号線から左折して脇道に入ると、すれ違うのもやっとの山道だ。
 温泉宿の主人が書いたのか、「ギリット、ハンドル」「ごいっとカーブ」「ケッパレ、アト半分」「アワくうな、ずったど」などと、方言丸出しの手書きの小さな立て札が次々と現れる。思わず、声に出して読んでしまう。
 ランプの宿は、深い谷合いの底の流れの脇に、忘れられたようにポツンとあった。清流のせせらぎの音が、静山の気配を教えてくれる。温泉につかり、目を閉じると、夢幻の世界に落ちていく。

小学館『週刊ポスト』 2002年11月1日号 掲載

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