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経済ジャーナリスト 片山修 | Osamu Katayama Official Website

旅・夢風景

片山修が旅について語る。
日本各地の写真とコラムによる「旅夢風景」

一杯の盃がついつい重なり芳醇に耽溺しつつ、ほろ酔い気分


老舗といえども、伝統に安住しないモノづくり

朝酒、朝湯が大好き……。とい えば、福島県の代表的民謡「会津磐梯山」だ。その呑ん兵衛、小原庄助さんの古里を訪ねて、会津盆地に向かった。じつは、福島は、酒造り、において、いまや日本 一の県だ。その証拠に、全国新酒鑑評会で、 今年も福島県は必銘柄が金賞を受賞し、連続5年日本一に輝いた。

旅の狙いは、その福島の酒蔵めぐりを しようというのだから、小原庄助ならずとも、ワクワクするではないか。まず、訪ねたのが、精米歩合なんと8%の純米大吟醸「楽」を発売し、話題になった会津若松市内の宮泉銘醸だ。

中高年は、歴史を誇る蔵元のお酒を有難がるキライがある。宮泉銘醸の現社長は4代目だ。会津では若い蔵とのことだが、老舗といっていいだろう。ところが、その酒造りは実に近代的だ。伝統の職人 芸とデータ管理を融合させて、新しいスタイルを確立している。中高年の抱く酒蔵のイメージは、吹っ飛ばされましたな。

自慢にもならないが、私はこれまで、ずいぶん地方の酒蔵を見てきた。多くの蔵は薄暗く、よくも悪くも古めかしい空気が流れていて、老練な匠以外の素人がおいそれと立ち入ることを拒む風情が漂 う。しかしながら、宮泉銘醸の場合、一歩蔵の中に入ると、印象はまったく違った。

タンクはもとより、各種の箱が銀色に光り、チューブが縦横に走っている。次世代の酒蔵はかくあるべしといった趣きなのだ。さらに、分析室があった。エッ、酒造りに分析室? と思った。「この分析室は昔の杜氏部屋ですね」と、宮泉銘醸専務の宮森大和さんはいう。机の上には本格的な検査機器やパソコンが並んでいた。 貯蔵にもこだわりがあった。「ここは、貯蔵庫です」といって、大きな扉を開けると、それはワイン貯蔵庫と同じだった。タンクに貯蔵するのではなく、原則として絞るとすぐに一升びんに瓶詰される。瓶詰の酒はケースに入れられ、天井に届くほどうず高く積み上げられているのだ。「技術革新ぶりに目を見張らされる。社 長の宮森義弘さんは、もともと大学で機械工学を学んだ大手企業のシステムエンジニア出身で、弟の大和さんも、もとはといえば経営工学を学んだエンジニアだとくれば、合点がゆくではないか。

次に寛政6(1794)年創業の鶴乃江 酒造へ。創業家の林ゆりさんが杜氏を務める大吟醸ゆりは、全国新酒鑑評会で6年連続金賞を受賞した。老舗の酒造りと女性の感性が見事に調和した結果だろう。

利き酒も堪能し、今宵の宿は、会津若松の奥座敷・東山温泉、「くつろぎ宿 千代滝」だ。ロビー横の「地酒の館」には会津地方の地酒を常時8種類以上そろえている。それが猪口1杯で300円からと聞けば、ここは酩酊へ一直線。なに、そのまま布団にもぐり込めばよいのだ。

圧巻の規模と老舗の繊細な味わいを機械化と杜氏の感覚で制御する

翌日訪れたのは、喜多方市のほまれ酒造。ここも、日本酒界の新しい流れを牽引する。毎年ロンドンで開かれる「インター ナショナル・ワイン・チャレンジ」は世界 のワイン業界が注目するコンペだ。そのSAKE部門の最高賞であるチャンピオンになった「会津ほまれ 播州産山田錦仕込純米大吟醸」はここで造られている。「私たちがこれまで積み重ねてきた取組が世界の場でどう評価されるかというチャレンジです」社長の唐橋裕幸さんは語る。「酒造りに最も重要なのは品質を一定に保つ再現性です。最高品質の酒を常にお届けする。そのために原料処理の工程を厳密にコントロールしています。そしてもう一つは品質管理。従来のタンク貯蔵とは異なり、まず瓶詰めしてから火入れし、マイナス5度の冷蔵庫で管理して 劣化を防ぐのです」

昔は職人の勘所がすべてだった酒造りを、今では数値化できるところはデータ 化してコンピュータで管理している。制御盤があるコントロール室があるほどだ。 ベテランの職人だけが知る繊細な感覚と コンピュータの均質さの組み合わせが世 界チャンピオンの味を生む。執行役員社氏の中島一郎さんも語る。 「杜氏が他の地方からやってきて酒造りをしたのは昔の話です。今は、こんな 酒をつくりたいといった自分の思いをもとに設計し、酒造りをしています」 「社長の唐橋裕幸さんは、アメリカに留学しMBAを取得したというから、近代経営はお手のものなのだ。「会津地方には名庭園が少なくない。可月亭庭園は小堀遠州の流れを汲む作庭師・目黒浄定の造形だという。一方、国指定名勝「御薬園」は会津戦争の際に新政府軍の療養所にもなった山水庭園。建物に当時の刀傷が残っている。

時代は移ろい淡麗辛口からワインを想起させる芳醇へ

〝江戸蔵〟、〝大正蔵〟、〝昭和蔵〟が残る寛政2(1790)年創業の大和川酒造店が使用するのは、契約農家の無農薬、減農薬無化学肥料の米だ。

「最近、日本酒も海外で認められつつありますが、当店ではロンドンやニューヨーク、アジアなどに早くから進出しています」専務の佐藤雅一さんが語った。

さて、肝心のお酒の味はといえば、こ れが素晴らしいの一語。これまでに、それぞれの酒蔵で試飲させてもらった新潟の酒が端麗辛口とすれば、福島はどちらかといえば、芳醇甘口といったらいいか。

例えば、福島の大吟醸の味は、おしなべてこんな印象だ。口に含むと、刻々と味が変わる。雑味がなく、ほのかな甘み がきれいに広がり、ダレがない。フルーティーで、上質の白ワインのようだ。幸福の絶頂、至福の瞬間でしたな。

 

 

 

 

 

 

 

 

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