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経済ジャーナリスト 片山修 | Osamu Katayama Official Website

旅・夢風景

片山修が旅について語る。
日本各地の写真とコラムによる「旅夢風景」

新潟 「心」と「躰」にしみ渡る ゆるやかな時の流れ新潟三名湯の癒し

murasugi 新潟県中越地震でストップしていた上越新幹線は、昨年12月28日に開通した。

 

中高年四人組は、「がんばってます!!にいがた」キャンペーンに呼応して、新潟県の温泉に出かけたのである。
 新潟県の五頭山麓の、鄙びた村杉温泉は、いい伝えによれば、建武2年(1335)年に、足利家の武将荒木正高が薬師如来のお告げによって、発見した。正高は尾張の武将で、この五頭温泉郷に落ち延びてきたという。現在、村杉温泉には、8軒の温泉旅館があるが、長生館は、もっとも古い。
「私は、29代目です」
 というのは、長生館の女将の荒木紀子さんである。 何でも、この近辺は、「荒木姓」が圧倒的に多いとか。
「旅館の開業は、明治元年ですが、父が申しますには、室町時代まで遡ることができるといいます。もともと旅籠屋的だったんでしょうね。この地域は、1000年から1200年の歴史があるといわれるほど、新潟県でも屈指の歴史を誇っているんですよ」
 戦前には、近衛文麿公が伯爵や子爵を引き連れて来訪されたほか、相馬御風なども、この長生館を定宿にしていたというのである。
「なるほど、」とうなずくのは、教養派のXさんで、彼は、女将さんに聞いた。「この温泉の湯は、いかがですか」
「ラジウム温泉です。昨年の夏、改めて検査していただいたんですが、もう国宝級のすばらしい湯だということでした」murasugi2
「えッ、国宝級?」と、知的体育会系のYさん。「国宝級の温泉か。入ってもいいのかな」とわけのわからないことをつぶやく。「何!茶室風……。風呂に茶室とは、これ如何に」と、茶をたしなみ、あまつさえ茶名を持つと自称する教養派は、首をひねる。
 ありました。路地を歩むが如く、木立を進むと、庭の一角に茶室風のお風呂が3軒も並んでいました。にじり口風の入り口、荒壁、簡素な空間。すだれを上げれば、まさしく露天風呂。湯は、透明で、肌に心地よい。温まる。中高年四人組は、これが国宝級の湯かと納得しましたな。

月岡温泉でスベスベに

 村杉温泉からクルマで20分ほどのところにあるのが、月岡温泉だ。新潟といえば、石油を産出する。月岡温泉は、大正時代に石油の掘削中に、石油にかわって温泉がわきでたのが始まりという。tsukioka

「昔は、数軒の温泉旅館しかなかったんですが、上越新幹線と関越自動車道ができて以来、地元だけではなく、首都圏からのお客さんが一気に増えました。バブルの時期には、県外のお客さまが7割を占めましたが、今は半々でしょうかね。旅館の数は現在、23軒あります」
 というのは、清風苑の3代目の女将の樋口智子さんだ。
 こちらは、村杉温泉に比べて、賑やかな温泉街である。最盛期には、芸者が一時、250人を数えたが、今は100人前後とか。「最近、新潟市のほうからのコンパニオンが多うございます」とは、樋口さんの説明だ。
 肝心の温泉の湯は、「ゼッタイ、新潟一だと思っています、ハイ」とおっしゃる。確かに、湯は、透明感のあるエメラルドグリーン。湯につかると、肌がスベスベする。清潔感があるのだ。ニワカ温泉評論家の中高年四人組は、「新潟一も、国宝級も甲乙つけがたいですな、ウン」と、頭から湯気を出していた次第です。

「生の温泉」で夕映えを楽しむ

 日本海の海岸線に広がる瀬波温泉は、昨年開湯100周年を迎えた。明治37年、やはり石油を掘削中にお湯が出たのが、始まりという。

senami「私どもは、昨年開業40周年を迎えました。日本広しといえども、瀬波温泉のように海岸線が文字通り目の前にある温泉は、そう多くはないと思います。出れば、すぐ浜ですからね」

 と、汐美荘の女将の浅野京子さんはいうのだ。
 したがって、この瀬波温泉の売りの一つは、日本海に落ちる夕日である。「汐美荘」も、「夕映えの宿」と断り書きがつくのだ。玄関ホールには、ご丁寧に「夕映え時刻・年間カレンダー」のケースがある。たとえば、2月であれば、上旬17時10分頃、中旬17時25分頃、下旬17時35分頃という具合だ。ちなみに、瀬波温泉の緯度は、北緯38度13分、東経139度26分とあった。
「お風呂に入りながら、夕日を眺める。こりゃあ、国宝級とはまた違って、心の贅沢だわな」と、教養派がコメントすれば、ウルサ型のQさんは、「いってみれば、幸せの凝縮だな」とのたまう。
 汐美荘には、「温泉湯師」がいる。「温泉の管理者を、勝手にそう呼んでいるんです」と女将さん。おかげで、いまどき珍しい「生の温泉」が楽しめるというのである。
 というのは、瀬波温泉の源泉の温度は、93度にも達する。湯量が多くて、温度が高いのが、瀬波温泉の最大の特色である。だから、湯の管理が難しいというのだ。つまり、湯元で50度くらいであれば、管理もし易いが、93度もある源泉を42度から43度に設定するスタッフが、いわば、温泉湯師の仕事というわけだ。
 ということは、循環式ではなく、源泉に水を混ぜず、温度を下げてから、直接湯船に流している、すなわち〝生の温泉〟ということである。
 かくして、世間の波とやらに、身も心も汚れ切った中高年の男どもは、癒されていったのである。

小学館『週刊ポスト』 2005年2月18日号 掲載

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