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経済ジャーナリスト 片山修 | Osamu Katayama Official Website

旅・夢風景

片山修が旅について語る。
日本各地の写真とコラムによる「旅夢風景」

勝浦 青い海と白い砂浜 潮風のかおる春景色豊饒の南房総

katsuura12 中高年の旅といえば、温泉旅行。ところが、オジサンたちは、〝美容旅行〟に出た。明らかにミスマッチである。


 JR東京駅を10時発の「わかしお5号」に乗り、勝浦駅に到着する。
 すぐに駅レンタカー「トレン太くん」に乗り、太平洋を望む広大なリゾート地「ブルーベリーヒル勝浦」に向かった。
 走ることおよそ30分、丘に上るや、突如、芝生の前庭付きの豪邸が建ち並ぶ別荘地帯「ミレーニア勝浦」が現れる。ハリウッドのビバリーヒルズもかくやと思われる雰囲気。「こりゃあ、チバのハリウッドだ!」と、叫んだのは海外旅行通のYさんだ。
 そのチバのハリウッド、いや正確にいうと「ミレーニア勝浦」の一角にあるリゾート地「ブルーベリーヒル勝浦」内に、目的の〝癒し〟の空間「テルムマラン・パシフィーク」があった。
 いま申し上げたように、何を勘違いしたのか、今回、中高年たちは、「南房総にある、キャリアウーマンの間で、かねて話題の〝タラソテラピー〟を体験してみようじゃないか」「それは、ギャルがやるお肌スベスベ、ツヤツヤのエステだろう」「まあ、そんなものじゃないの」「オレ、一度、それしたかったんだ。エヘヘ」――というわけで、大胆かつ思い切った〝美容旅行〟に出たのである。
 いや、その目的は、中高年も若い女性と同様、美に目覚め、薄汚れた己の顔、たるんだ肉体に磨きをかけて「究極の中高年美」を示し、「美しい国」づくりに協力しようという高邁な構想。まあ、いってみれば、〝全日本中高年肉体改造計画〟の実践ですな。
「若い女性」と聞いただけで、呼吸が荒くなるという評判の教養派のQさんは、係りの女性に尋ねた。
「タラソテラピーってなんですか?」
「タラソテラピーは、ギリシャ語のタラサ(海)と、フランス語のセラピー(治療・療法)を組み合わせた言葉で、海水と海藻を使って行うフランス発祥の自然療法なんです。現在はリラクゼーションや、美容として親しまれているんですよ」(広報PR担当の吉野仁美さん)
 何でも、紀元前には医学の開祖ヒポクラテスや、哲学者で科学者のプラトンが、海水を使用した療法を考えていたとか。
「ヒポクラテスとか、プラトンとくれば、教養豊かな中高年の世界です」と、絵画ならば「修復可能」だが、いまや、それもかなわぬ肉体の持ち主、一言居士のXさんは、ブツブツつぶやきながら、イザ、海水パンツ一丁でプールへそろり。


katsuura7「アルゴパック」で体がポカポカ


「アクアトニック」と呼ばれる大きなプールには、近くの海岸から汲んだきれいな海水が、35~36℃にあたためられている。浸かってみると、温かで、真水に比べて肌になめらかな感触。そして、メタボリック症候群のオジサンたちも、なにやら体が軽く感じられるではないか。
「海水は真水より大きな浮力があります。海水にひたると、体にかかる負担が和らぎ、体の緊張がほぐれてきます。体に優しい海水のめぐみと、簡単な運動を合わせることで、より高い効果があらわれます」(吉野さん)
 プール内につくられた人工的な流れに乗ったり、逆らったりしながら歩く。
続く、ジェットのコーナーでは、温海水に身を沈めながら、水中から発射されるジェット水圧によるマッサージに身を任せる。
「水につかかっていると、浮世のことはさっぱり忘れ、体も心も癒されてきますわな」と、プールにポッカリと体を浮かせた知的体育会系のYさん。やはり心は温泉気分か。
 さらに、「ピジーナジェット」という小プールに移り、セラピストの指導のもと、全員で、水中で手や足を上げたり下げたり、ストレッチ運動を行う。
「体のコリがほぐれてくるけど、こりゃ、オジサンがやると、さしずめ水中タコ踊りですな」といいながらも、一言居士さんは嬉しそう。
 最後に、それぞれ個室に入って、ペースト状にした海藻を全身に塗る「アルゴパック」を体験。オリーブ色をしたペーストを全身に塗られ、ビニールで簀巻き状にされ、ウトウトするうち、アラ不思議、体がポカポカ。海藻に含まれるヨードが、体の新陳代謝をうながしているとか。

katsuura6「まあ、オジサンには、いまさら肌にハリと潤いの即効効果は望むべくもないが、タラソテラピーは心のケア、癒しそのものですなあ。いや、またきたくなりますな」と、ミスマッチはどこへやら、太鼓腹のXさんはいう。


宙を舞うイルカ 迫力満点のシャチ

katsuura3 千葉県の房総といえば海。海といえば水族館だ。水族館といえば「癒し」……。「鴨川シーワールド」に向かった。
 鴨川シーワールド総合企画課の松村政之さんによると、同施設の年間入場者は80万人から90万人という。いかに現代人が「癒し」を求めているかがわかるではないか。
 例えば、入り江を再現した水槽では、磯場に隠れるイシダイの様子がうかがえるなど、魚本来の習性や生態が観察できる。
「あのタイ、うまそうやな」と、グルメ派でもあるPさん。マンボウを見たQさんは、「俺、あんな風に、ふんわりふんわりと、漂うように“楽”にいきたいねえ」と、マジだ。
 カラフルな熱帯魚に混じってウミガメがいる。「あのウミガメは、隅っこが好きなんですよ。息継ぎと餌を食べるとき以外は、いつも隅にいるんです」と松村さん。「人間の世界と同じように〝窓際族のウミガメ〟ですか。ウチの会社にもいます」とYさん。銘々が勝手に感想を述べるのが、オジサンたちには適度のガス抜きになるのだ。
 鴨川シーワールドの目玉は、イルカとシャチのパフォーマンスだ。イルカ・パフォーマンスは、バンドウイルカの大ジャンプで始まった。
 水面から5m以上の高さに設置されたターゲットに、イルカたちは楽々とタッチ。ペンギンのような姿勢を保ちながら、胸ビレにボールを抱えて運ぶ。次々と驚きの芸を披露。「さすが36年の歴史を感じさせるショーですね。こんな芸はよそではやっていない」と、各地のイルカ・ショーを見に、イルカ評論家を自称するQさんはコメント。

katsuura5 シャチのパフォーマンスは、日本全国でもここ鴨川シーワールドだけ。園内で一番大きなシャチ「ビンゴ」の体長は6・5㍍、体重は4㌧になる。一日に餌のホッケを、100㌔㌘食べるという。去年に生まれた赤ちゃんシャチ「ラン」でさえ、生まれたときに既に、体長が2㍍あった。
「イルカやシャチは、1、2年かけてパフォーマンスを学習するんです」と、松村さん。「無芸大食の人間もいるというのに、毎日学習するなんて、イルカやシャチは偉いよな」と、Yさんは感心した様子。
 シャチのショーは迫力満点。黒と白の模様と、つるつるした流線型の体が、宙に舞う。水面は激しく波打ち、水しぶきは観客席にまで届く。そのド迫力たるや、K‐1の格闘技どころではありませんでした。

昔懐かしいクジラの竜田揚げ


katsuura8 千葉の南房総は、魚の宝庫。さて、「何を食べるか」と考えたとき、いっそうのこと、「大きな海の哺乳類を食そう」ということに衆議一決。捕鯨で知られる和田浦の旅館「沖見屋」に立ち寄ったのである。

 和田浦は、いまも、捕鯨の基地で、何でも年間26頭のツチクジラの捕獲が許されているという。
「クジラの漁期は7~8月です。和田浦には、最近までクジラを撃つ砲手さんがいたんですよ。クジラが食べられるのは、いまや10数軒になりましたが、クジラの食文化を残してきたいと思っています」
 と、「沖見屋」の女将さんの久保田くに子さんはいう。
クジラは、昔、貴重な蛋白源であった。中高年にとっては、給食に出たクジラの竜田揚げが懐かしい。「沖見屋」で出たのは、クジラの刺身、ユッケ、そして竜田揚げ。やはり、給食で馴染んだ竜田揚げが、口に合いましたな。「給食で食べたのは、こんなに美味しかったかな」と、Yさん。
 おまけに出た、醤油とみりんで漬け込んだ「くじらのたれ」を軽く焼いたのがまた、じつにおつな味で、酒の肴にピッタリでした。
 南房総は、海の幸、花、癒しにみちた豊饒の地であるのだ。

小学館『週刊ポスト』 2007年3月23日号 掲載

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