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経済ジャーナリスト 片山修 | Osamu Katayama Official Website

旅・夢風景

片山修が旅について語る。
日本各地の写真とコラムによる「旅夢風景」

函館 食豊かな湊町 函館で出会う 近代日本の面影

hakodate11 オール2階建て12両編成の寝台特急「カシオペア」は、上野駅13番線ホームに入線していた。

ホームのミニコンビニで、慌てておつまみをしこたま仕入れる。
 今宵は、ちょっと贅沢をしてカシオペアスイート2号車3番個室である。「おお、ベッドは1階にあるのか」「2階にはシャワー室があるぞ」などと、室内を点検するうち、16時20分、上野駅をいつのまにか出発していた。中高年男3人の一行は、ソファーのある2階で、さっそく持参したワインのボトルをあけ、車中の宴会だ。「大人の遠足」さながらである。窓際にワインのボトル2本並べて、ワイワイ騒ぐうち、大宮駅に停車。ホームの人々は、早くも出来上がりつつある中高年男3人組を眺めて、怪訝な表情である。
 日頃、新幹線に乗り慣れているせいか、「カシオペア」のスピードは、やけにゆっくりと感じられる。おかげで、沿線の夕焼けに染まる景色を思う存分楽しめる。新幹線では、決して味わえぬ、醍醐味か。
 食堂車(ダイニングカー)の営業開始の車内放送が流れ、一同、食堂車へとなだれ込む。満席の食堂車内を眺めやれば、圧倒的に中年夫婦たちだ。「さすが、中年夫婦は、旅の楽しみ方を知っとるねえ」「食堂車こそ、鉄道文化の象徴ですからな」「今の若者は、食堂車の楽しみなど知らんだろうな」――と、中高年男どもは、例の如く「好老嫌若」、「昔礼讃、今誹謗」の会話を楽しみながら、本格的なフランス料理をいただく。

hakodate10 個室に戻って、さらにワインを。「これをもって、放送を打ち切らせてもらいます」と車掌さんの声が流れる。23時15分、盛岡着、ホームに人影なし。「そろそろ寝ますか」というので、シャワーを浴びる。これがほのかに酔いのまわった身に、じつに気持ちがいいのだ。寝台列車の醍醐味の一つだ。

 ベッドに入ると、列車の振動が身体に伝わってくる。あるいは、酔いが急速にまわってきたのか、頭が列車の車輪のようにぐるぐると回る、回る……。
 
ウニ丼を堪能し
温泉で疲労回復


hakodate8 午前4時少し前、ベッドから抜け出して、廊下へ出ると、函館湾が目の前に広がっている。空は、すでに白んできている。なるほど、東京に比べれば、北海道は緯度が高いから、日の出も早いわけだ。

 人影のない町々を、列車は函館湾に沿って快調に走り抜けていく。
 函館駅に着いたのは、4時18分。「はるばるきたぜ函館」と、口ずさむのは、まさに中高年男の証拠。もっとも、過日、日本経済新聞の土曜日紙面上の「何でもランキング」で、「女性が訪ねてみたい港町」の1位にランクアップされていたのも、函館だった。中年おばさんも、「はるばるきたわよ函館」の心境なのではないか。
 港町とくれば、海鮮市場だ。駅前の函館の朝市が開くのは、5時頃からだ。しばしホテルで休憩をした後、いざ、出陣。場内は、開いている店も少なく、人影がまばら。が、食堂には、早くも先客がいて、少し遅れれば、並ぶ羽目に陥るところだった。人さまのことはいえませんが、現代人は、食い意地が張ってますな。
 むろん、ここは由緒正しくというか、ミーハーというか、やはりウニ丼を注文。口の中で、潮の香を放ちつつ、バターのようにトロリと重く溶けていく。米粒の存在感が薄いほどだ。この神々しいまでのうまみを堪能できるのは、ウニが新鮮だから、いやいや、北海道なかんずく函館ならばこそ……と、はるばるやってきたことに、あらためて納得。
 朝市の後に出かけたのが、函館市内の谷地頭温泉だ。市営の温泉で、入浴料が370円。朝6時から開いているが、土曜日ともあって、オープン直後にもかかわらず、駐車場が結構込んでいる。市民が朝風呂を楽しみにしているのだ。
 湯は鉄分を含んでおり、茶色く濁っている。大きな湯船に身を沈め、思いっきり肢体を伸ばすと、顔には玉の汗が吹き出てきて、夜行列車の疲れはたちまち消えていく。そのあと、大広間の畳の上で、大の字に寝て、しばしまどろむ。「おい、いびきをかいていたぞ」と指摘されたが、いやあ、何事にも変えがたいほどの心地よさ。

市内あちこちに
「日本最古」の看板


hakodate6 函館は、1854年に開港されたというだけに、市内いたるところに名所旧跡が存在する。実際、レンタカーで市内を回っていると、「日本最古のコンクリートの電柱」とか、「日本最古のストーブ」とか、「ラーメン発祥地」など、歴史を強調する看板がやたら目に飛び込んでくるのだ。

 食事どころも、歴史を誇る店が少なくない。昼食をとった、すき焼きの「阿さ利」は、創業百年余とあった。お店も、昭和9年の建築物とかで、座敷には凝った欄間や、障子の桟など、いかにも昭和初頭の雰囲気が漂う。味は、薄口の割下に特色があって、肉を食べるほどに食欲がわいてくる。石川啄木も、函館に住んでいたとき、果たして、このすき焼きを食べたのだろうか……と、肉の一片を箸でつまみながら、しばしじっと考えた。
 夜は、作家の山口瞳が『行きつけの店』で紹介している割烹「冨茂登」へ。メニューは、函館名物の烏賊糸造りや蟹、鮭の時知らず、ウニとじ、ミズダコ、イクラ飯など、豪華絢爛。こうやって当夜のメニューを記しているだけで、いまも舌に饗宴の記憶が蘇り、喉がゴクリ、ゴクリと鳴るのだ。

hakodate31 この「北の食」に華を添えて下ったのが、「冨茂登」の81歳の内儀の尾形京子さん。啄木の「東海の小島の磯の白砂に、われ泣きぬれて、蟹とたはむる」を歌い込んだ「箱館さのさ」を唱っていただいたが、もう、ほとんど人間国宝級でしたな。中高年男たちは、しびれっ放しでした。

 観光は、五稜郭、函館山、港の赤レンガの倉庫街など、事欠かない。なかでも、函館市内から車で、およそ40分のトラピスト修道院には、心洗われました。シーンと静まりかえった修道院の内部を見学。おまけに、同行の中高年男3人組の一人が、高木正義院長と旧知の間柄というので、お土産で有名な例のビスケットとミルクをいただきながら、親しくお話をし、穏やかなひとときを過ごした。

小学館『週刊ポスト』 2003年2月7日号 掲載

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