鎌倉 歴史の風が吹き 数多の名作の気配漂う古都鎌倉に遊ぶ
鎌倉がめっきり近くなった。
JR東日本「湘南新宿ライン」ができたおかげである。新宿から鎌倉まで乗り換えなしで、所要時間は約1時間。朗報である。
旅好きの中高年四人組のおじさんたちは、ご婦人やOLに鎌倉を任せておくことはないというので、一泊泊まりで湘南に出かけた。宿は「ホテルメッツかまくら大船」にとった。
以下は、車中談義である。「鎌倉には、寺やあんみつ屋もあるけど、“鎌倉文士”だわな」と自称教養派のXさん、「ウン、川端康成、大佛次郎、小林秀雄……キラ星の如く輝いているな」と知的体育会系のYさん、「里見弴、高見順、永井龍男そうだよな」とカメラマンのGさん、「みんな、文庫で読んだよな。今の若い連中は、インターネット依存症で、活字なんか、読んでないのではないのかな、エエッ」と悲憤慷慨する一言居士のQさん。ご婦人方に劣らず、みんな、相変わらずウルサイ。かくして、インターネット拒否症にして活字中毒症の中高年が、まず、鎌倉駅から最初に向かったのは「鎌倉文学館」である。
深い緑に囲まれた洋館の「鎌倉文学館」は、観光客の姿もまばらで、シーンと静まりかえっていた。案内してくださったのは、「鎌倉文学館」職員の山田雅子さんだ。
「この建物は、加賀百万石の前田家の別邸として、昭和11年に建てられました。文学館として開館したのは昭和60年で、ちょうど今年で20周年になります」
内部は、全体に洋風で、アールデコ風がみられるかと思うと、随所に和風様式も取り入れられている。戦後、佐藤栄作元首相がこの別邸を借りて、別荘として使用していたこともあるという。
「鎌倉にゆかりのある作家は、何人ですか」と、自称教養派が質問。「優に300人は超えています」と、山田さん。そうした鎌倉にゆかりの文学者の著作、原稿、書簡、愛用品などが展示されている。
三島由紀夫の展示を見つけたQさんは、「三島さんと鎌倉との関係は、どういうことですか。三島さんは鎌倉に住んでいなかったはずですよね」と聞く。
「三島さんは、鎌倉には住んでいらっしゃいませんが、小説『春の雪』には、この別荘がモデルとして描かれているんですね。『青葉に包まれた迂路をのぼりつくしたところに……』というところですね」
と、山田さん。
鎌倉に住むといえば、「鎌倉文学館」にいく途中、川端康成と吉屋信子の旧居を訪ねた。川端邸は、公開されておらず、端正な日本家屋を遠くから眺めやるのみだ。
「川端さんの人気作品のトップは、何かね」、「やっぱり、『雪国』でしょう」、「いや、それは、典型的な中高年の答え。やっぱり、若い人は『伊豆の踊り子』でしょう」、「いやいや、それは吉永小百合や山口百恵の映画『伊豆の踊り子』のせいでしょう」――などと、中高年四人組はしばし高尚な?文学論争。
吉屋信子邸は、女流文学者らしく、冠木門に塀の壁がサーモンピンク。まるで料亭のように華やかな印象だ。ちなみに、吉屋邸も、公開日は年間ごくわずかに過ぎず、数寄屋建築の第一人者吉田五十八による設計という邸宅を見学することはかなわなかった。
邸宅といえば、小林秀雄の自宅は、駐車場になっており、見る影もないそうだ。小林フアンのQさんは、絶句。「ウーン、時代ですなぁ」とコメントするのみだ。
日本最大級の木彫りの観音様
「鎌倉文学館」に近い長谷寺に出かけた。こちらは、観光客がいっぱいだ。
「長谷寺のご本尊は、日本最大級の木彫の『十一面観世音菩薩』です。三丈三寸すなわち九メートル十八センチあります」
と、長谷寺総務室の大谷明氏は、説明する。
「奈良の長谷寺とは関係があるんですか」
そう尋ねたのは、Xさん。
「開祖したのが、いずれも徳道上人で同じなんです。いい伝えによりますと、仏師に二体を彫らせ、一体を大和の長谷寺に安置し、もう一体を民衆救済のため、海に流した。それが長井浦(現横須賀)に漂着し、その後、こちらに遷され、当山建立の礎となりました。したがって、大和長谷寺とは、同木同作といわれています」
と、大谷さん。そんなストーリーの説明を受けたあと対面した、見上げるばかりの「十一面観世音菩薩」は、一段と有難く感じられ、目にまぶしかった。
長谷寺はまた、四季折々の草花が楽しめる庭園が有名だ。アジサイの約20種、2300株をはじめ、年間約100種類の花が咲く。「これから秋にかけては、萩、秋明菊、十月桜、石路、紅葉などが楽しんでいただけます」と、大谷さん。
銭洗弁財天で心も銭もピカピカ
このあと、年金問題に頭を悩ませる中高年たちは、銭洗弁財天宇賀福神社に出かけた。鎌倉の名水の一つに数えられる、境内の洞窟内の井水で金銭を清めると、俗に百倍千倍に増えると伝えられている。ならば……と、駆けつけたのだが、いただいたパンフレットを読むと、銭が増えるというのは、「正しい信仰ではない。(略)即ち財宝を洗うのは、我身我心の不浄罪穢を洗い清めるみそぎはらえ垢離の行をするもの」とある。
「いやぁ、わしら中高年は、まさしく『不浄罪穢』の塊。銭が増えないのは残念だが、身が清められるとあらば、銭を洗わねば……」と、一言居士のQさんは、備え付けの小さな竹篭に小銭を入れて、神妙にジャブジャブ。
隣のご婦人の籠をのぞくと、万札が何枚か、濡れているではないか。びっくりしましたな。「いや、わしら中高年は、まだまだですな」と、教養派のXさんはいうのでした。