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経済ジャーナリスト 片山修 | Osamu Katayama Official Website

旅・夢風景

片山修が旅について語る。
日本各地の写真とコラムによる「旅夢風景」

南三陸 海の幸の“宝庫” 波、砕け散るリアス式海岸 南三陸の醍醐味

minamisanriku5  午前9時08分、東北新幹線「やまびこ81号」に飛び乗り、同10時52分にJR仙台駅に降り立つ。いつものように「駅レンタカー」で車を借りる。


 今回のテーマは、「南三陸・食紀行」と銘打っているが、例の中高年4人組のこと、「食の太道」をひたすら突進しようという魂胆だ。南三陸の名店情報については、美食家のZさんが、フードライターや同地方出身の有力者、知人、友人、さらにインターネットなど、CIAも顔負けの情報網を駆使し、せっせと集めたうえで、店を厳選し、はるか3か月も前に予約済みなのだ。
 4人組が、文字通りはやる心を抑えて、まず向かったのが、仙台駅東口の「鮨仙一」。
さて、いきなり度肝を抜かれたのは、「これ、北海道の戸井の本マグロだよ」と、主人の山田定雄さんがドスンと大きなマグロの塊を出してきたことだ。
「本マグロとくりゃ、戸井と、下北半島の大間だな。それから、三陸の釜石、気仙沼、鳥取の境港。あと、宮崎、紀州だ。いちばん美味しくなるのはこの10月過ぎからだよ」

minamisanriku1 さっそく、マグロの赤身の握りをお願いする。口に放り込んだ刹那、「ウッ、オッ……」。しっとり柔らかく、ネタとシャリが一体となって、何とも言えない絶妙さ。味も、ほどよく甘く、噛むほどに、旨みが口の中に広がってくる。「こりゃ、すごい。マグロは、やっぱり赤身だわな」と、マグロ赤身派の自称教養派Xさんは、興奮を隠さない。

 むろん、トロの握りも負けていない。ほの赤い身に脂の白いサシが絶妙なバランスで混ざり合い、溶け合って、桜色に輝く。美しい。色、脂ののり、もう迫力満点。霜降り牛肉とまるで変わらないではないか。思い切って、口に投げ込む。「オッ、ヤッ……」。脂ののりがじつに滑らか。舌が濡れる印象。つまり、トロの脂が口中にゆっくり、じんわりと溶けて広がり、脳髄を突き抜けるのだ。「やっぱり、マグロはトロだわさ」と、トロ派のZさんは、超満足げな表情だ。
 赤身派もトロ派も、驚愕したのは、地元産の星鰈の刺身だ。「鰈の身が、かくも甘いとは。馬齢を重ねながらこの年に至るまで、不覚にも知らなかったぞ」と美食家のZさんはうなる。さしずめ上品な和三盆の甘さを思わせるといったらいいだろうか。身のしまり具合がまた、素晴らしい。硬からず、柔らかからず、そのバランスはミクロの精妙さ。「これは、もはやアートの世界ですな」と、Zさんは絶賛する。「秋におすすめはこれだね」とご主人が握ってくれたのは、金華山沖で獲れる鯖、その名も「金華鯖」。これも絶品だ。

クジラと海に魅せられて


minamisanriku10 このあと、美しいリアス式海岸が続く三陸最南端の牡鹿半島の鮎川港に向かう。鮎川は、いまも沿岸漁業の主要港だが、かつては、捕鯨の拠点として栄えた漁港だ。

 鮎川には、その名残というべきか、クジラ博物館「おしかホエールランド」がある。「わしらは、クジラの肉の給食で育ったようなものだわな」と、知的体育会系のYさんは、展示場を回りながら、しみじみ語る。戦後ニッッポンの食糧難のなかで育った中高年たちは、展示されている実物のキャッチャーボートを見ただけで、もう捕鯨に郷愁を誘われるのだ。
 鮎川港のお土産物屋には、冷凍のクジラベーコンや、クジラのヤマト煮の缶詰が並んでいる。「いや、懐かしいねえ」と、中高年の気分は一気に過去へ。minamisanriku4

外を見やれば、海に突き出た桟橋、パタパタと潮風になびく原色ののぼり、キー、キーと啼くカモメ。映画の主人公・寅さんが「ようっ!」と右手を挙げて現れそうな港町の原風景が広がる。どこまでも、懐かしさが漂うのだ。
 鮎川から半島の北側に回ると、沖には信仰の島・金華山が浮かぶ。時間が止まったような景色だ。
帰りは、牡鹿半島中央を縦断する牡鹿コバルトラインを走った。途中、すれ違う車はほとんどいない。道路を横切っていたキジの親子をはねそうになるほど、牡鹿半島はのどかである。

地元の旬を活かして食す


minamisanriku6 夜は、塩釜のフレンチレストラン「シェ・ヌー」へ。開店が1980年というから、25年続くフレンチの老舗である。

「食材は、地元産を7割使おうと考えています。魚でいいますと、スズキ、舌平目、タラ、サヨリ、アンコウなどですね。フランスの三ツ星レストランを目指して奇をてらうよりも、みんなに愛されるような、一ツ星レストランを狙いたい」と、オーナーシェフの赤間善久さん。
「アナゴとフォアグラソテーのバルサミコソース」は、忘れられない一品だ。アナゴには20年前からこだわってきたというだけあって、揚げたアナゴにバルサミコソースが微妙なハーモニーを醸し、絶品でした。
 松島に一泊し、翌朝、南三陸を北上する。訪れた唐桑半島の巨釜は、リアス式海岸のハイライトといっていい。遠く紺碧の海原から打ち寄せる大波が奇岩怪石に砕け散り、白く泡立ち、逆巻く。その様子を、断崖絶壁から立派な青い松の枝越しに眺めやるは、まさに一幅の画。

食の季節いよいよ本番

 日本有数の漁港・気仙沼に戻って、昼食をとる。地元の名店「すし処たに口」だ。
「昔は、気仙沼の賑わいといったらありませんでした。夜中の2時、3時まで人通りが絶えず、喧嘩もしょっちゅうでしたよ」
 と、ご主人の佐藤恵次郎さんは笑いながらいう。
 ネタは、近海産が基本。したがって、つまみは、ネズミザメの心臓の刺身、アオザメのから揚げなど、他所ではお目にかかれないものばかり。
\minamisanriku7とりわけ気に入ったのは、アンチョビならぬサンチョビ。つまり、サンマでできたアンチョビだ。これがいけました。握りも、フカヒレ、サンマなどの地元ネタ。サンマの身が、かくもコリコリしているとは、驚きでしたな。

 南三陸は、すでに豊穣の秋を迎えている。「食の季節」はいよいよ本番だ。

小学館『週刊ポスト』 2005年10月28日号 掲載

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