上田 六文銭の城下町 山あいの湯の煙 上田・別所温泉
JR東京駅午前10時04分発、長野新幹線「あさま567号」に乗り、同11時31分、JR上田駅に到着する。
中高年の「癒しの旅」は、今回、正統「温泉めぐり・長野県編」である。
長野県といえば、有数の〝温泉県〟である。渋温泉、野沢温泉、浅間温泉、白骨温泉など、名湯、秘湯、隠し湯、湯治場と枚挙にいとまがない。「上田は別所温泉なんぞの湯船につかるというのはどうかね」と提案したのが、東日本の温泉地をほぼ踏破したと豪語するYさんだ。
「そういえば、別所温泉は、JRの女性限定旅行商品『のんびり小町』が発売されて以来、若い女性の客が増えているというじゃないか。それは、いいねぇ」というのは、物知り博士を自認するQさんだ。
ちなみに、「のんびり小町」を知らない〝おじさんのための講座〟――。これは、首都圏発の女性限定旅行商品で、往復グリーン、かつ厳選された宿での1泊2日の旅である。平成13年にキャンペーン開始以来、20~30代のOLさんたちに人気のヒット商品。
一方、同じく女性限定で、首都圏発の、日帰りで楽しむ贅沢な旅商品が「めぐり姫」である。こちらも、主婦層を中心にヒットしているのだ。
「小町ですか。若いOLさんというのは、結構ですな。こっちは、〝くたびれ光源氏〟でいきましょうや」と、へそ曲がりのXさんは、なにやら期待している様子。
真田一族の居城 往時を偲ばせる櫓
かくして、中高年5人組は、上田駅で「トレン太くん」を借りて、まず、四百有余年の歴史を有する上田城や城下町・上田市内を軽く散策。断わるまでもなく、上田城は六文銭の真田一族の居城だ。昔の面影を伝えるのは、隅櫓と石垣と土塁。平成6年に復元された立派な東虎口櫓門にこそ往時がしのばれる。
それから、旧北国街道の道筋で、江戸情緒が漂う柳町をブラブラし、一路別所温泉へ。
長野県はどちらに向かっても、山また山といわれる。のどかな田園風景が広がる上田盆地を、西南の山に向かって走る。高く聳えるのが、名峰・独鈷山(1266㍍)か。「確か、〝信州の百名山〟に入っているはずだよね」とQさんがいっても、みんな知らん顔である。
中高年の趣味といえば、いまや登山が一番だ。ところが、働き蜂で通してきた同行の中高年たちは、無趣味ときている。つまり、単なる人間の「中古」に過ぎない、と自虐的に考える小集団。
したがって返事がないのも当然か。
趣味といえるかどうか、〝中古年〟の関心事はもっぱら食い気。上田市内で食べた「まんぷく」のトンカツは絶品でしたな、などと感想を述べ合うのを無上の喜びとしている。なにしろ、「最近、何かうまいもの食った?」というのが、情けないことに日頃の挨拶なのだから。
だから、途中、マツタケの名産地を通過するや、道路沿いに立つ「マツタケ狩り」や「マツタケ料理」のノボリに、たちまち興奮状態に陥るのである。しかし、今回の旅は、あくまで温泉での「癒し」が目的。「豪華!マツタケ食べ放題の旅」ではないので、泣く泣く目をつぶって別所温泉に急ぐ。
大正ロマンあふれる純和風建築の旅館
1000年以上の歴史を持つ別所温泉の数ある旅館の中で、訪ねたのが「花屋」である。
「花屋」は大正6年創業。和とモダンが共存する、大正ロマンあふれる美しい旅館で、「のんびり小町」指定の宿でもある。
「建物は90年近く経っていまして、今年6月に登録有形文化財の指定を受けました。部屋数は43室ありますが、その約8割が指定を受けています」
と、花屋営業部長の窪田裕一さんいう。
6500坪の広い敷地に、客室が点在している。創業からおよそ10年の間に、増築を繰り返したためというが、各客室は、日本庭園と錦鯉が泳ぐ池の間を縫うようにして、長い渡り廊下でつながっている。何だか、時代劇に出てくる料亭の趣きである。
部屋のつくりは、すべて違っている。料理は四季折々の旬の素材を使用した懐石膳。「お部屋での夕食は、温かいものを召し上がって頂くため、後だしにこだわっています」と、窪田さんはいう。「手間を惜しまない気配りがいちいち感じられますわな」と、Yさん。風呂も大理石風呂で、窓にステンドグラスがはめ込まれており、大正ロマンをかきたてられる。お湯は透明。体を湯に沈めていると、心の芯が溶けていきましたな。
ロビーや食堂のシャンデリアやランプには、随所にモダンな意匠が施されている。「竹下夢路が描くあの柳腰の美人が出てきそうですね」とは、物知り博士の感想。「大正美人ならぬ平成の美人は?」と気にするのはへそ曲がり氏。「今日の〝小町さん〟は、8組がお泊りでいらっしゃいます」と、窪田さん。
別所温泉には、信州最古の禅寺「安楽寺」と、「北向観音堂」など、散歩にもこと欠かない。安楽寺境内にある「八角三重塔」は国宝だ。「いやあ、静寂の一言。時計の針が止まったような温泉地ですわな」と、知的体育会系氏も、素直に感動。
山を越えた隣には、じつに鄙びた鹿教湯温泉がある。1ヶ月泊まって、リハビリに励むお年寄りもいる。湯治の雰囲気が残る数少ない温泉で、「癒し」と「安らぎ」を求める向きにはもってこいだ。
やはり「癒し」を求めるなら、温泉旅行に限りますな。