鳴子温泉 多彩な泉質を誇る鳴子温泉郷で “うなぎの湯”に浸る
ウワサにたがわず名湯だった。
出かけたのは、宮城県は鳴子温泉――である。
中高年5人組は、かねてから鳴子温泉への「癒しの旅」を計画していた。なにしろ、鳴子温泉は宮城一、いや東北屈指の温泉。旅好き、いや温泉好きの中高年としては、一度は浸からなくてはならぬ。今回の案内役は、ただ一人鳴子温泉経験者の知的体育会系のYさんだ。
「温泉以外のお楽しみは知らないけれど、とにかく、温泉がいいのよ、それは保証するね」と、いかにもおじさんのコメントである。
東北新幹線「やまびこ49号」は、JR東京駅を午前10時36分に発車、午後12時56分にJR古川駅に滑り込んだ。
ここから陸羽東線に乗り換えて向かうところだが、あちこち巡るのが楽しみな欲張り中高年は、例のごとく古川駅で駅レンタカー「トレン太くん」を借りて、鳴子温泉へ向かう。いよいよ山並みが迫ってきたなと思ったら、窓を閉めているにもかかわらず、車内にかすかに異臭が漂う。ウウン……。鼻先に硫黄の臭い。「着きましたねえ」と、Yさん。「おお、ついにやってきましたな、鳴子温泉に」と、叫んだのは、人一倍感激屋のQさんである。
窓外を眺めると、湯煙が道路端のコンクリート製の箱からシュー、シューと出ている。源泉に違いない。
「封人の家」に芭蕉をしのぶ
鳴子温泉郷は、南北約65㌔、東西47㌔、宮城、岩手、秋田、山形の4県にわたる栗駒国定公園の中に位置する。鳴子温泉のほか、東鳴子温泉、川渡温泉、中山平温泉、鬼首温泉などが江合川の渓流沿いに点在する。
「とりあえず、鳴子温泉郷を走り抜けてみましょう。ドンドンいくと面白いところに出ますから」
というナビゲーター役のYさんの案内で、山間を縫うようにして国道47号線を走る。着いたのは「尿前(しとまえ)の関」だ。
「尿前といえば、『奥の細道』、芭蕉ですわな」
と、教養派のPさん。
再び車に乗り、道を進む。いつの間にか県境を越え、山形県に入っている。
訪ねたのは、重要文化財「封人の家」だ。「封人」とは、国境を守る役人の家だそうだが、芭蕉は、この茅葺の家に泊まって、有名な一句を詠んだ。「皆さん、知ってますわな」と、Pさん。
蚤虱馬の尿する枕もと
確かに、「封人の家」には、土間の向こうに馬屋がある。「ああ、この句は、ここで詠んだんだ」と、Qさん。
山里には、そばが植えられ、小川が流れている。郷愁を誘う風景だ。「この地に分水嶺があるんだ」と、Yさんが案内する。
「こんな平坦な土地に分水嶺があるの」と、Pさん。
なるほど、小川の土手に「●日本海 太平洋●」という、あっけないほど小さな白い標識が建てられている。奥羽山脈における日本海と太平洋と分ける分水嶺だという。
それから、鳴子温泉に向かう途中、断崖絶壁と渓流がおりなす「鳴子峡」に立ち寄る。
100㍍もの断崖が、約2.5㌔㍍に渡って続く。見晴台から大谷橋まで、所要約1時間の川沿いの遊歩道を歩いた。宿泊は、旅館「ゆさや」。創業は、芭蕉がこの地を通るさらに57年前、1632年(寛永9年)に遡るという。
「『ゆさや』を含めた3軒の温泉宿が伊達藩から、〝湯守〟の役目を授かりました。この頃から、現在の鳴子温泉の歴史が始まりました」と、「ゆさや」の17代館主をつとめる遊佐雅宣さん。
全国で〝シャッター温泉街〟が続出するなかで、鳴子温泉は、時代の流れにのまれることなく、ずっと看板を守ってきたのだ。
一番の理由は、「良質な湯」に違いない。鳴子温泉は多彩な泉質と豊かな効能で知られる。「鳴子八湯」と呼ばれるように、日本にある天然温泉の泉質11種のうち、9種がそろい、370本以上の源泉が湧いている。「ゆさや」館内の〝うなぎ湯〟も、肌触りが滑らかで、ヌルヌルしている。「ジス・イズ・オンセンですな」と、Yさんは叫ぶ。
「残念なことですが、普段のように、身を小さくして、じっとされたまま入浴される方を多く見受けます。手足を伸ばして、温泉の広さを十分に活用してください」
館主の図星の指摘を受けた、平均的日本人の中高年5人組は、この際とばかりに、思い切り手足を伸ばしたのである。
温泉街にて湯めぐりを楽しむ
翌日は、周辺に点在する温泉へ足を運び、湯めぐりだ。鬼首温泉は、一定周期で温泉が噴出す「間欠泉」が見られる。「弁天」と呼ばれ、十数分の間隔で熱湯が勢いよく15㍍の高さまで噴き出す瞬間、たわいもなく喚声をあげる。
間欠泉の近くには、温泉宿「峯雲閣」は、落差2㍍の湯滝のある湯壷が売りだ。湧き出した温泉が、湯滝となって流れ込んでいる。少々寒いが、外気と温泉の温度差こそ、露天風呂の醍醐味だ。
鳴子温泉郷の西側に位置する中山平温泉にある「琢琇」は、4つの源泉をもつ温泉宿。ヌルりとした感触から、ここも「名湯うなぎ湯」と呼ばれている。「うなぎ湯」の中でも、この温泉のトロトロ、ヌルヌル、スベスベぶりはおそろしいほど。それでいて、不思議とベタベタせず、最高の湯。
「ワシは、今回、下北半島で薬研温泉と、岩手の花巻温泉に入ってきた。今日、鳴子に入って、東北新幹線で帰るんだわ」
湯船の中で、そんなお年寄りの自慢ばなしを聞いているうち、身も心もトロけてきましたね。