伊東 伊豆・伊東の湯けむり温泉宿の「おもてなし」
JR池袋駅発の特急「スーパービュー踊り子号」に新宿駅から乗り込み、伊東を目指す。
ほぼ2時間の列車の旅である。
中高年にとっては、在来線だろうと、新幹線だろうと、この2時間というのが、ちょうどいい移動時間だ。つまり、2時間が分岐点で、それ以上になると、肉体的にも、精神的にも少々つらくなる。
・・・・・・と思うのは、足腰の鍛えが足らないわれら中高年5人組だけかも知れない。今の中高年は、別名アクティブシニアといわれ、若者顔負けの行動力を誇る。
まあ、てなわけで、この際、アクティブシニアの鬼と化すべく、伊豆は伊東にやってきた仕儀である。
例のごとく、駅レンタカー「トレン太くん」を借りて、まず、出かけたのは、駅から5分のイタリアンレストラン「パパクチーナ」。
メニューを見ると、小エビの唐子揚げ、帆立とエビのチーズ入り春巻き、ワタリガニのグラタン。さらに、カルパッチョ盛り合わせ、地中海風パスタ……。てっきり、都会風のこじゃれたレストランかと思っていたら、じつに、気軽なお店ではないか。
味も、気取っていない。
「うちは、本格的イタリアンというよりは〝和タリアン〟なんです。地元の人にしてみれば、本場のイタリアンの味は、くど過ぎるんですよ」
と、ご主人の横山芳紀さん。
「いや、和と洋の融合こそ、いま、日本に求められているんですな」と、ウルサ型のQさん。「そう、最近、〝和ジャズ〟というのも流行っていますからな」と、教養派のXさん。「何、それ?」と聞いたのは、知的体育会系のYさん。「日本人が演奏する昭和ジャズですよ。いま、見直されているんですよ」と、教養派。
調子がいいのが、中高年の特徴だ。〝和タリアン〟と聞いただけで、持てる教養を総動員して、話題をどんどん発展させる。ただし、中高年の間で、〝和ジャズ〟人気が再熱しているとはいえ、ジャズの話とは、まあ、いまの若者には受けませんな。わかっています、ハイ。
心が揺さぶられる
城ヶ崎海岸の景色
せっかく、伊豆にきたのだから、観光地巡りをしようではないかと、城ヶ崎海岸に出かける。花より団子の中高年にしては、珍しいことといわなければならない。
感性が磨耗してきたせいか、風光明媚な地を訪ねても、感動、感激する度合いが年々落ちてきているのを、中高年としては自覚せざるをえないのだが、やはり、絶壁、青い海、岩に砕け散る白波、頬をなでる潮風、つり橋……自然の景色に直面すると、まだまだ心がブルブルッと揺さぶられますな。
次に、一碧湖畔の池田20世紀美術館に向かった。伊豆には、なぜか、美術館が多いのだ。一説によると、40館はくだらないという。その代表格が、池田20世紀美術館だ。
昭和50年の開館で、約1300点にのぼる所蔵作品の大半は、池田英一氏の寄贈による。ちなみに、池田氏は、昭和18年創業の道路舗装材料、工法の開発および販売・施工を行う「ニチレキ」の創立者だ。
「池田さんは、小学校しか出ていません。いろんな会社に勤められた後、昭和18年に独立して、会社を興されたんですね。そして、成功され、20世紀の絵画を収集されるようになったのが、この美術館のはじまりなんですね」
と、財団法人池田20世紀美術館専務理事、館長代行川添英樹さん。今風にいうと、池田氏は、苦学力行の士で、戦前のベンチャー、アントレプレナーであったわけだ。
別荘地にある美術館か、と侮ってはいけない。所蔵作品は、ピカソをはじめ、マチス、ミロ、ダリ、シャガール、ポロック、ウォホールなど、20世紀を代表する画家の作品が揃っているのだ。
何よりいいのは、じつに気楽に絵の鑑賞ができることだ。例えば、飾られている名画の前での写真撮影がOKである。
「ニューヨークの近代美術館でも、館内の写真撮影は自由にできるよね。日本では、珍しいけど」と、一言居士はいう。
小さな美術館ならではのサービスといっていいだろう。
海岸沿いの通りに
干物屋が並ぶ
伊豆の名産品、お土産といえば、干物に尽きるだろう。この干物が、昨今、ヘルシー志向に加えて、高級食材化し、人気が高まっているのをご存じだろうか。
グルメのPさん、過日、西麻布の会員制の〝干物バー〟にいってきたそうな。じつにお洒落なバーで、たまたま日本人大リーガーの某選手がきていたほどの高級店。全国から美味しい干物を取り寄せて、自ら囲炉裏で焼くのが売りだった。
かくほどに、なぜか、干物は、いまや高級食材に出世しているのだが、以下は、今回の取材で知りえた、伊豆の干物最新事情だ。
網代、宇佐美、伊東にかけての海岸沿いの通りには、干物屋が点々と並んでいる。今回お邪魔したのは、老舗の干物屋「山六ひもの店」だ。
「伊東では、うちが最も古い方ではないですかね。昔は、干物といえば、すべて天日干しでした。今は、乾燥機がうんとよくなったので機械も使って干したりしますね」
というのは、同店川奈工場買付責任者の鈴木安さんだ。
干物は、まず、魚をさばき、身を開く。そして、塩水につけて干すのだが、塩加減などに、その店の特徴がある。
天日の場合、干す時間は、今の時期だと約2時間。長く干すと、身が焼けてしまうし、色が悪くなるという。「色が落ちると、鮮度も落ちますね」と、鈴木さん。
一般的には、地場の魚を加工するのが一番いいのだが、しかし、必ずしも地物がいいとは限らないのだ。「値段の関係もある」という。例えば、キンメダイやイワシは冷凍物も使われている。産地も、九州や外国産も取り入れている。値段もさることながら、地物より、その方が美味しいともいう。
サバは、確実にノルウエー産の方が脂ののりがよくて、美味しい。とろサバの干物は、まずノルウエー産だという。「つまり、グローバリズムは、資本主義だけではなくて、干物の世界にも押し寄せているということですな」と、グルメ派のPさんは嘆く。
さて、グローバルといえば、伊東の高級旅館も、今日、グローバル化しているのだ。
「伊豆全体では、観光客が減っているところもありますが、伊東あたりでは、幸い、増えています。目立つのは、最近、外国人のお客さんが増加していることです。とくに、アジアからのお客様です。かつては、香港からのお客様が多かったんですが、現在は、上海からのお客様が増えています」
そう語るのは、一晩お世話になった、青山やまと副支配人の島倉秀峰さんだ。
30代の若き副支配人の解説によると、なんでも、日本の「おもてなし文化」に触れてみたいというのが、外国人が日本の高級旅館への宿泊を希望する理由だというのだ。
「温泉旅館にきて、芸子さんやコンパニオンというスタイルは、もはや時代遅れなんですな」というのは、Yさんの感想だ。
青山やまとの温泉は、源泉100%のかけ流しで、泉質がアルカリ性単純温泉。湯に入ったときはぬるく感じるが、しばらくすると体の芯からジワジワと温まってくる。無色透明で、どことなく気品に満ちている。
昭和3年創業
木造3階建ての旅館
グローバルな話題をもう一話。
伊東市内に伊東温泉観光・文化施設「東海館」がある。昭和3年に創業された木造3階建ての旅館で、平成9年に廃業後、同13年に伊東の観光名所として、よみがえったのだ。
「この『東海館』は、材木商の稲葉安太郎によって、創業されました。商売柄、凝りに凝って、この木造建築を建てたんですね。例えば、各部屋のつくりが違っているのは、棟梁同士を競わせて、建てたからなんですね」
と、説明してくださったのは、伊東観光協会専務理事の山下弘之氏だ。
圧巻は、120畳の大広間だ。「戦前、伊東には5~600人の芸者がいたといいます。聞いた話では、120畳の大広間のオープンには、俳優の林長十郎、後の長谷川一夫がきたといいますよ」という解説を聞きながら、館内を巡っていると、当時のさんざめきが耳に聞こえてくるようである。
さて、そんな懐かしの「東海館」のどこがグローバルなのか。いただいたパンフレットの説明が全文英語に翻訳されているのには、正直、驚かされた。例えば、以下のようである。
まず、パンフレットのタイトルは「Guide of Tokaikan」。
そして、「日本の伝統美にふれて、素敵な想い出づくりを」は、「Make wonderful memories with traditional beauty of Japan.」と訳されている次第だ。外国からのお客さんがいかに多いか。
「世の中は、まさにフラットですな」と、一言居士はポツリ。
かくして、〝アクティブシニア〟の旅は、教養にみちみちていたのである。