厳寒の津軽の町へ繰り出せば あまりに見事でしばし絶句
雪降る中をいざ行かん アートの心に火をつけて
「本物の冬」を体験するため、雪舞う青森へ出かけた。目ざしたのは八甲田である。といっても、目的は、スキー旅行ではない。山登りの経験もない中高年には、それはムリな相談だ。あくまで八甲田の有名な樹氷の見物だ。
ただし、冬の八甲田といえば、青森歩兵第5連隊の雪中行軍遭難事件が思いだされるではないか。
いや、その前に、そもそも青森の厳寒に耐えられるだろうか。まったく自信がなかった。しかし、結論を先にいってしまえば、大丈夫だったのだ。
以下は、中高年の八甲田をめぐる、〝雪中行軍旅行記〟である――。
雪がポッポ降る市内見物に出かけようと、青森の町に繰り出した。テーマは〝アートのまち青森〟だ。
向かったのは、三内丸山遺跡に隣接する青森県立美術館。青森県ご自慢の美術館だけあって、見ごたえ十分。それこそ、建物も遺跡からインスピレーションを受けている。。
建築家の青木淳氏の設計になる美術館の展示室はモダンな〝真白な部屋〟と、縄文のニオイを放する土の床や壁が露出する〝土の部屋〟のコントラストが鮮やかである。異次元空間だ。
青森県出身の版画家の棟方志功のほか、若い人に人気のある画家の奈良美智、ウルトラセブンやバルタン星人の怪獣でお馴染みの彫刻家・特撮美術監督の成田亨の作品は常時展示されている。青森のニオイ、あるいは香りといったらいいか、作品に何か共通性がありますね。
入館して、ド肝を抜かれるのは、タテ、ヨコ21m、高さ19mの四層吹き抜けの圧倒的な大空間だ。ここには、マルク・シャガールのアレコの背景画など、超巨大作品が展示されている。この空間に身を置くと、邪念は消えうせ、フーッと無に近付くといったらいいだろうか。
もうひとつ意表をつくのが、奈良による愛くるしい表情の「あおもり犬」だ。高さ約8.5m、横幅約6.7mの巨大な白い犬の鉄筋コンクリートづくりの立体作品が屋外空間に設置されている。何時間と向かい合っていてもアキない。癒される。
さらに、美術館の南側の八角堂には、同じく奈良の大型立体作品「Miss Forest/森の子」が鎮座している。
いずれも「インスタ映え」すること間違いなしですな。
次に、八甲田のふもとの森にある建築家の安藤忠雄設計の青森公立大学国際芸術センター青森へ。自然環境を生かし、起伏に富んだ地形を壊さないように森に埋没させる〝見えない建物〟は、文字通り雪に埋もれていた。
若い職人も着々と育っている 伝統工芸、津軽びいどろ
北洋硝子の津軽びいどろ工房を訪ねた。ここには60代の青森県伝統工芸士3人のほか、20代のガラス職人が20人以上いる。ガラスを溶かしては花瓶や皿、コップ、装飾品など、さまざまな津軽びいどろを形にしていく。
「設計図に基づいて、一品、一品、丁寧につくっています。同一商品ならば、高さ2~3%、重さ5%以内におさまるように、チェックして出荷しています」と、北洋硝子社長の宮内幸一さんは教えてくれた。
さて、恒例のハラごしらえである。訪ねたのは、青森駅の近くの「三九鮨」。取材をかねて特別に昼に店を開いてもらう。食べたのは、地魚の刺身。カナガシラ、シマダイ、イシガレイ、マコガレイ、エゾメバル、クロソイ、マゾイ、フグ……と白身魚のオンパレード。どれも身のしまっていること。それに、〝すじこ巻き〟なんてものもある。幸せの極みですな。
店主の小野功さんによると陸奥湾の魚は、雪が降れば一日でおいしくなるそうだ。
「身がしまるんですよ。たぶん〝すじこ巻き〟を出すのは、ウチの店だけでしょう」という。青森では、すじこをおにぎりの具にして食べるという。そういえば、東京ではもっぱらイクラという印象だ。
冬こそ青森といえる 雪と氷の世界に感嘆
さて、いよいよ八甲田行きだ。幸いにも、奇跡的に晴れているではないか。この調子だと、〝雪中行軍〟にはなるまい。
八甲田は、十和田八幡平国立公園の北部の連峰の総称だ。スキーのメッカである。八甲田ロープウェー駅から終点の公園山頂駅まで、最大101人乗りのゴンドラで約10分だ。
同乗者は、板をかついだスキーヤーが多い。彼らにくらべると、中高年は厚手のコートを着ているものの、防寒対策は明らかに劣る。大丈夫かなぁ。
心配をよそに、ゴンドラは標高1324mの田茂萢岳の頂上をユラ、ユラと目ざす。眼下には、純白の森がキラキラと光っている。これぞ絶景。中高年は思わずつぶやきました。
「生きててよかった!」
頂上では、用意されている長靴にはきかえ、半径20mほどでしたが、〝雪中行軍〟を経験しました。なにしろ、積雪は優に3mですからね。そして、念願の樹氷のオブジェに対面。みごとの一語、語る言葉なし……。
雪景色を堪能したあとは、八甲田のブナ原生林にたたずむ北欧風のホテル城ヶ倉。床暖房がきいていて、部屋は天国。
翌朝は白一色、窓には大きなつららが垂れ下がっていたのには驚きました。いやあ、青森の冬は実に刺激的だ。