世界遺産の御威光も極まれり富士を取り巻くインバウンドの熱
反射炉を見上げて偲ぶ百年前 気づけば湖畔は人人人
観光資源としては、一見、地味そうな印象なのが、静岡県伊豆の国市にある韮山反射炉だ。 反射炉そのものは、炉の天井・炉壁の輻射熱を利用して、鉄鉄や銅合金を溶かす産業設備に過ぎないからだ。
ところが、韮山反射炉は昨年7月、長崎県の 端島(軍艦島)や山口県萩市の松下村塾などとともに、「明治日本の産業革命遺産」として世界文化遺産に登録されるや、一気に伊豆地方の人気スポットにのし上がった。
観光客が大型バスで、ワンサカやってくるようになったのだ。いや、かくいう私も、その流行の波に乗って訪ねたのだが、「おお、これか!」と、思わず叫びたくなるほど、反射炉は立派だった。
反射炉は煙突部分が3段構造になっており、 風雨を防ぐためにかつて漆喰で白亜に塗られた127段のレンガは、見る者を圧倒するではないですか。建設したのはいったい、誰なのか。
聞けば、江戸幕府の代官だった江川太郎左衛門英龍が、幕末当時、海防の危機を察知して進言し、 幕府直営の反射炉を築いたのだという。
「ペリーの黒船が押し寄せてきた幕末の時代に、国を守るために遠くに飛ぶ大砲が必要になり、鉄を溶かすための溶解炉をつくりあげたのがはじまりなんですね」
伊豆の国歴史ガイドの鈴木義彦さんはそう説明してくれた。
反射炉の周囲を一巡しながら、「実際に稼働した反射炉としては、世界的にみてもここだけしか残っていない」などという説明に耳を傾けるうち、反射炉の有難味は一層増しましたな。
ただ、どっこいここで、反射炉に満足してしまって、引き揚げるのは、じつにもったいない話なのだ。
というのは、反射炉から約3キロほどのところにある重要文化財「江川家住宅(江川邸)」は、必見だからである。
原型の建物は、1600年頃建てられ、江戸時代の代官屋敷そのままで、とにかくデカイのにびっくり。そればかりか、日本の近代化、なかんずく「富国強兵」の原点のような場所なのである。
「英龍は、韮山塾を開き、佐久間象山など、全国 からやってきた者に、西洋砲術を教えていた」と、江川文庫統括主任の宇田嘉隆さんはいう。
オランダ商館のあった長崎・出島からパン職人を招いて、「パン祖のパン」と呼ばれる長期保存が可能な、乾パンのような「兵糧パン」も日本で初めて製造したという。
ちなみに、英龍は、江戸の街を外国の軍艦から守るために、江戸湾に11の人工島を計画して6つを築き、多くの大砲を設置するために、「台場」 築造の陣頭指揮にあたったそうだ。これが現在の東京のお台場であると聞くと、妙に親近感を覚えましたな。
そう、そう、近くには、もうひとつの世界文化遺産がある。
いわずと知れた富士山だ。絶景を楽しむのに、箱根が絶好の場所とあって、近年、多くの外国人観光客が押し寄せている。つまり、インバウンドですな。
多いということは話に聞いていたけれど、 聞きしにまさる大賑わいである。芦ノ湖湖畔の箱根神社にいくと、本当に多くの参拝者が続々訪れ、ザッと、その約半数が外国人。関東屈指のパワースポットで、縁結びにもご利益があるということから、多くの若者であふれている。厳かで深閑としていた箱根神社を知る中高年にとっては、もう驚き。いやいや、その賑わいぶりは、日本の誇りで すね。
さて、かねてから一度訪ねたいと思っていた箱根の穴場的スポットともいうべき「箱根駅伝ミュージアム」に足をのばした。箱根駅伝の各大会のデータや往年の名選手のユニフォーム、時期により趣向をこらした企 画など、テーマごとに区切って展示されており、興味深く、楽しめました。