日立の鉄道車両は、英国で高く評価されています。ところが、新たに導入された高速鉄道は、運行初日にとんでもないトラブルが発生し、話題を提供した――。
肝心のデビューの10月16日、英国の都市間高速鉄道「IEP」の車両「クラス800」は、トラブルが続出した。まず、トレインマネジメントシステムの立ち上げの設定の問題とかで、出発時間が約20分遅れた。車内のエアコンの水漏れが発生した。水冷用の排水管の「逆流防止弁」の不具合で、水が溢れてしまったといいます。
さらにトラブルは続いた。「クラス800」は、電化区間と非電化区間の両方を走ります。日立の車両は、走行中に無停止で切り替えを行えるはずが、パンタグラフが上がらなかったために停止してしまったんですね。終点の駅には、40分遅れの到着となった。現地の期待値が高かったぶん、さんざんな結果ですよね。
鉄道関係者にいわせれば、これらは、いわゆる「初期トラブル」。大事故につながりかねないような重大な欠陥やミスではない。実際、トラブルはすべて解決し、翌日以降は順調に運行されています。過日、山手線の新型車両だって、導入時にトラブルが続きましたよね。つまり、「初期トラブル」は避けられない。
まあ、誤解を恐れずにいえば、エアコンの水漏れにしても、かつて日本の車両でも、さんざん苦労したんですね。車両メーカーは、電車にエアコンが設置されはじめた当初から悩まされてきた問題なんですよ。今回のケースでは、英国の気象条件が想定外でトラブルにつながった可能性も指摘されています。
ただ、最大の問題は、間が悪かったことですね。当然、試運転は何度かしているはずです。そこではうまくいっていたのに、もっとも注目の集まる初日、それも、当局の大臣をはじめとするVIPが乗車している編成において、このトラブルですからね。
そもそも、日立の鉄道事業の海外進出は、過去にもこのブログで書きましたが、1999年、たった一人の駐在員からスタートしています。
日立は、英国の鉄道市場において、00年、01年と受注に失敗。社内の反感を買いながらも事業を続け、05年に「クラス395(通称・ジャベリン)」を初受注しました。
当時、英国では、車両の納期の遅れ、また運行における遅延が常態化していた。そのなかで、納期を守り、かつ日本品質の安定輸送を実現した「ジャベリン」は、高く評価されました。
その評価が、このたびデビューした「IEP」122編成、866両の大規模受注につながった。英国鉄道史上最大規模の事業で、日立の英国鉄道事業は一気に「成功事例」になったんですね。いわば、政府の進める“インフラ輸出”のサクセスストーリーなんです。
では、なぜ、こんなトラブルが発生したのか。原因はさまざま指摘できますが、一つは、英国における経験値が少ないことしょう。
例えば、日立は、鉄道事業の拠点を英国にうつし、2015年以降は、現地工場で車両の生産を行っています。現地で雇用し、現地で部品を調達し、現地で組み立てている。それは、日立が、英国に根を張って鉄道事業を行っていくという覚悟の現れです。しかし、いかんせん、日本とは勝手が違う。そして、生産開始から、まだたったの3年です。
丸ドメ事業だった鉄道事業が、英国に拠点を移し、イタリアの企業を買収するなど急拡大し、グローバル化した。そのことによって、日本品質を実現するモノづくりやオペレーションが、末端まで行き届かなかったのかもしれません。
日立は、「問題が起きれば、技術で解決する」といい切る、技術重視の企業風土です。それが、英国の地にまだ根付いていないのかもしれない。
ただ、悲観することはないと思います。高度な技術が求められ、オペレーションも複雑な鉄道事業を完璧に行うには、やはり経験が必要です。原因をつき詰めて改善につなげることができれば、今回のトラブルは、大きな経験値になります。
折しも鉄道車両メーカー世界ビッグ3のうち、2位の独シーメンスと3位の仏アルストムが事業統合を発表し、日立の鉄道事業は、グローバル市場で存在感を示すための戦略を問われている。
こんなところで勢いを削がれている場合ではありません。まずは、安全、安心の安定輸送で、信頼を取り戻すところからです。日立の正念場ですね。