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経済ジャーナリスト 片山修 | Osamu Katayama Official Website

片山修のずたぶくろⅡ

経済ジャーナリスト 片山修が、
日々目にする種々雑多なメディアのなかから、
気になる話題をピックアップしてコメントします。

パナソニックは“昭和型組織”から脱却できるか

いま、パナソニックが面白い――と思います。そう思う理由について記してみます。

11月29日、パナソニックは、アナリストとメディアを対象に、技術、とりわけイノベーション戦略の説明会を行いました。冒頭、専務執行役員で技術を統括するCTOの宮部義幸さんは、「技術の立場からのIRは久しく行っておらず、記憶によると10数年前にやって以来」だと話しました。


※宮部義幸さん(左)と馬場渉さん

なぜ、いま、パナソニックは技術IRを行ったのか。それは、社会が大きく変化し、パナソニックは、その変化に適応して大きく変わろうとしているからです。

そのことを、投資家をはじめとするステークホルダー、社内外に、しっかりと説明する必要があると考えたからでしょうね。

さて、では、社会はどう変わり、パナソニックはどう変わろうとしているのか。

世界はいま、急速にデジタル化やIT化、ネットワーク化が進み、従来とはまったく異なるビジネスモデルやサービスが次々と生まれています。アマゾン、グーグル、フェイスブック、ウーバーやエアビーアンドビーのサービスもそうです。この新しい時代に、従来のパナソニックのビジネスモデルでは、成長を維持できないという危機感があるんですね。

パナソニックは、今年4月、本社研究部門をイノベーション推進部門として再編し、「イノベーション創出」に注力する姿勢を鮮明にしました。

宮部さんは、席上、次のように説明しました。
「IoTやAIの時代といわれて久しいですが、この変化は、単なる製品の変化ではないと認識しています。商品のIoT化、AI化については、技術リソースもあり、それほど心配していません。私たちがやらなければならないのは、会社のビジネスプロセス全体を、IoT時代に適したものに変えていくことです」

従来のビジネスプロセスは、簡単にいえば、「不特定多数」の消費者に対する、「大量生産大量販売」でした。市場調査 →研究開発 →量産開発 →商品化というプロセスを経て、安定した品質の商品を大量に生産して販売してきましたよね。

しかし、IoT時代は違います。

商品を売ったあとも、つねに顧客とつながってコミュニケーションをとることにより、本当に求められているものをタイムリーに提供することができる時代になっています。プロトタイプ段階で「特定多数」の顧客とコミュニケーションし、ニーズを取り込む。商品化後も継続的にコミュニケーションし、商品を進化させていく。

そのような新しいビジネスプロセスに対応できるように、パナソニックは、組織も、研究開発体制も、生産体制も、すべてを変化させ、「大量生産大量販売」型の脱却、いわば“昭和の家電メーカー脱却”を目指そうとしているんです。

パナソニックに限らず、高度成長期に輝いていた日本中の製造業の多くは、いま、パナソニックと似たような状況にあります。すなわち、「大量生産大量販売」のための開発体制、生産体制、販売体制、それを機能させるための組織や働き方を引きずり、新しい時代に適応できずに、成長が鈍化しているのです。

パナソニックにおいて、“昭和の家電メーカー脱却”を実現するための取り組みが、この4月、独SAPから招かれた、米シリコンバレーに居を構える、ビジネスイノベーション本部副本部長の馬場渉さんの音頭取りで始まりました。

簡単にいうと、馬場さんは、パナソニックの従来の事業に横串を通し、デジタルの視点で組み替えようとしています。これを、「ヨコパナ」と表現している。これによって、イノベーションを量産化するというんですね。馬場さんは、席上、シリコンバレーに組織した「パナソニックβ」などについて説明しました。

目指すのは、「ソフトウェア主導型のハードウェアビジネス」だといいます。
「『パナソニックβ』は、“ミニヨコパナ”であり、クロスバリューイノベーションを実現するためのマザー工場、イノベーション量産化のためのモデルファクトリーです。デジタルネイティブ企業がもつ働き方、思考回路、プロセス、制度、場所をつくり、既存の事業部門や役職、職能から引っぺがし、一つのデジタルカンパニーである『パナソニックβ』のなかで、ホームXプロジェクト等のプロジェクトを運営しています」

「パナソニックβ」では、職能と事業のヨコパナ化を実現しているといいます。20代から30代中盤の若手を中心に、AI、データサイエンティスト、デザイナーなどさまざまな職能の人材が、家電、建築、建材、電池、エネルギーなどの専門家として、全カンパニーから集まっている。その数は現在29人。3か月サイクルで、日本の各事業部から人材を迎え入れ、彼らが帰国後に「パナソニックβ」の手法を全社に浸透させていく計画です。

「『パナソニックβ』は、過剰な完璧さ、過剰な品質、過剰な擦り合わせ、部門間調整、これを全部取り払って、不完全なもので多くのトライアル、試行をする部門です」

と、馬場さんは語りました。

もっとも、ビジネスプロセス全体を見直すとき、いちばん問題になるのは、生産です。生産技術本部長の小川立夫さんは、次のように話しました。
「シリコンバレーから毎日のようにデザイナーがアイデアを出してくる。それをいかにお客さまに触っていただけるプロトに速くするか。これは、従来、大量生産、ガチガチの品質基準でやってきたわれわれの得意な領域ではありませんが、300以上の製造拠点には、モノづくりのさまざまな技術の蓄積がある。これを注ぎ込み、足らざるものを補って、速くデザイナーのコンセプトをモノの形にしてお客さまにお届けしたい」


※生産技術本部長の小川立夫さん

プロトタイプについては、数百台程度を短期間で生産し、ビジネスモデルを高速で検証する方法に変えていくといいます。3D金属プリンタの技術によって、金型製作リードタイムは、現状の1か月程度から1週間にまで短縮するといいます。

「これまでの『叩いても落としても壊れんな』、というものからすると、もしかすると、お客様が使っていただいているなかで、100個の提供品のなかには壊れてしまうモノもあるかもしれませんが、デザイナーがそこに込めた思い、体験してほしかった顧客価値は、余すことなく体験していただけるということを、素早くやりたい」

と、小川さんはコメントします。

従来のパナソニックでは、考えられなかった発言です。馬場さんという異色の存在が、パナソニックに大きな刺激を与えていることは明らかです。

ただし、いうは易く行うは難し。パナソニックは、“昭和のビジネスモデル”を、本当に脱却できるかは、まだわからない。

もっとも、可能性は感じましたね。馬場さんは、プレゼンの最後にあるエピソードを話しました。
「昨日、あるものについて、生産技術本部との間で、量産化を見据えてすぐにプロトタイプをつくろうと決めました。生産技術本部というのはオジサンの集まりですが、そのオジサンたちから、今朝、『ワクワクします』というメールをいただいた。
コンサバだった部門が、このスピードでやっていこうといってくださったり、人が変わってきたりしたのは、パナソニックはそういう会社ではないと思っていたので、非常に驚きました」

これに対して、次に説明者として紹介された生産技術本部の小川さんは、「ご紹介がありました、遅くて重い典型組織を担当しております小川です」と応じました。イヤミではなく、遅くて重いことを自覚したうえで、それを変えていくという決意が感じられた。

組織や仕組みを変えることはできます。ただ、それをきちんと機能させるためにもっとも大変なのは、人を変えること、すなわち、社員の意識を変えることです。パナソニックは、その意識が変わりはじめている。とすれば、日本型の垂直統合型で、遅く重い組織の典型だったパナソニックが、本当に変わるかもしれない。

パナソニックが、日本型、昭和型組織を脱却できるならば、日本の製造業復活に、新しい道筋をつけることができるかもしれません。それは、ひとえに馬場さんのいうように「ヨコパナ」をどこまで実現できるかにかかっているといっていいでしょうね。

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