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経済ジャーナリスト 片山修 | Osamu Katayama Official Website

片山修のずたぶくろⅡ

経済ジャーナリスト 片山修が、
日々目にする種々雑多なメディアのなかから、
気になる話題をピックアップしてコメントします。

『サムスン・クライシス』は現実に!

やっぱりというべきか。
私は、『サムスン・クライシス』という本を1年前に共著で出版しましたが、その通りになりましたよね。
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※ソウルのサムスン電子本社ビル

簡単に経緯を振り返ってみましょう。
サムスンは、今月11日、発火事故が相次いでいたスマーフォン「ギャラクシーノート7」の生産、販売を打ち切る決断を下しました。
生産停止せざるを得ないほど危機的状況であると同時に、これ以上ブランドが傷ついたり、傷口が広がるのを防ぐ狙いがあったといえますね。

ご存じのように、サムスンは近年、世界のスマホ市場において、アップルと鍔迫り合いをくり広げてきました。そのスマホの主力商品であり、稼ぎ頭である最先端機種を打ち切るとは、大きな決断です。間違いなく、実質トップの創業家三代目、李在鎔さんが意思決定に関わっているでしょう。

「ギャラクシーノート7」は、サムスンが今年8月、韓国や米国などで発売しました。直後から、発火事件が相次ぎ、9月に入って、サムスンは「一部の電池に異常がある」として、ほぼ全量にあたる250万台のリコールを表明。
不具合品を新品に交換する処置をとりました。

ところが今月4日、交換済みの「ギャラクシーノート7」が、航空機内で発火事故を起こしました。「原因は電池にある」としたことさえ確かではなくなり、11日、サムスンは生産、販売停止を発表。全製品を交換もしくは返金するとしました。

その後も、同15日、米連邦航空局は「ギャラクシーノート7」を航空機内に持ち込むことを禁止。日本の国土交通省も17日、これに続きました。

私は2011年、『サムスンの戦略的マネジメント』(PHPビジネス新書)、また、冒頭で述べたように15年『サムスン・クライシス』(張相秀氏との共著・文藝春秋)を上梓しました。
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これらの執筆にあたり、複数のサムスン関係者を取材しましたが、11年、あるサムスン幹部がこう話したのが強く印象に残っています。
「今後5年間に必要とされる人材は、すでに手当てしたから大丈夫だ」と。

その11年から、今年が5年目にあたります。いま、サムスンは大きな変化のときを迎えているのは間違いありません。

今回の事故には、複数の問題が隠されています。以下に、二つだけ指摘してみます。

一つ目は、トップ不在中というタイミングです。

『サムスン・クライシス』を執筆中だった14年5月、サムスン躍進の立役者である創業家2代目会長の李健煕氏が倒れ、現在にいたるまで入院、療養しています。
李健煕氏には、一人の息子と二人の娘がいて、みなサムスングループ内の企業経営に携わっていますが、グループ会長になるのは息子の李在鎔さんに間違いありません。

14年に李健煕氏が倒れて以降、李在鎔さんは、実質的に会長の役割を務めてきましたから、実力不足が問題なのではありません。問題は、タイミングなんですね。

韓国は、儒教社会です。親の存命中に、子が親を差し置いてトップに就任することを、よしとしません。しかし、李健煕氏が経営にまったく関与できないまま、長期間トップ不在の経営が続くこともまた、避けなければならない。

李健煕氏が倒れてから、すでに2年半が経ちます。
おそらく、李在鎔さんは、そろそろ本格的に三代目会長に就任する予定だったはずです。そのタイミングに合わせるように、今回の発火事故が起きました。
つまり、三代目による「新生サムスン」を打ち出すタイミングとしては、最悪です。

二つ目に、人づくりの問題です。

「今後5年間に必要とされる人材は手当てした」という話に触れましたが、サムスンは11年からの5年間に、世界市場における立ち位置が大きく変わりました。
従来のサムスンは、いわゆる「二番手商法」で急速に成長してきました。しかし、テレビやスマホをはじめとする市場で世界トップに立ったいま、求められる人材は、大きく変化しています。そこに、対応できていないんですね。

「ギャラクシーノート7」は、虹彩認証技術、防水防塵など初搭載の最先端技術を複数投入していました。今回の発火事故は、技術の検証や商品試験が十分でなかったとか、品質に対する過信に陥っていたのではないか。
ズバリいってしまえば、世界トップメーカーに求められる経営に、人材が追い付いていないということですよね。

サムスンは、いま、大きな危機に直面しているのは、間違いありません。まさしく『サムスン・クライシス』です。
業績からいえば、一時的な落ち込みはそれほど深刻ではないといえます。しかし、世間の風当たりからすると、三代目の李在鎔さんの船出はかなり厳しいものになるでしょう。

ただし、例えばトヨタの豊田章男さんは、就任直後、品質問題で米国議会の公聴会を乗り切り、一流の経営者となりました。
同じように李在鎔さんも、危機の乗り越え方次第では、一流の経営者として、内外から認められる経営者になるチャンスともいえますよね。

『サムスン・クライシス』でも書いた通り、サムスンには、「キャッチアップ型から市場創造型へと転換」することが求められています。
一ついえるのは、サムスンは、そんじょそこらの企業ではありません。長い歴史をもち、しっかりとした経営理念や哲学、知恵を備える、強くしたたかな企業です。

いかにこの危機を乗り越えるか。その方法に、日本企業としてはしっかりと注目する必要があります。

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