家電のデザインと聞くと、冷蔵庫とか洗濯機などの「モノ」、すなわちプロダクトデザインを真っ先に思い浮かべます。
しかし、いまやデザインは、家電のようなモノそのものにとどまらず、サービス、ソリューション、ビジネス、コミュニティ、さらには社会課題の解決まで、すべてが、その領域に含まれるようになっています。デザインの役割が拡大しているのです。
「もはや、感性価値や体験を伴わなければ、デザインは〝未完成〟だと考えられています」
そう語るのは、パナソニックアプライアンス社デザインセンター所長の臼井重雄さんです。
※臼井重雄さん
パナソニックは、今年4月、京都に家電のデザイン部門、アプライアンス社デザインセンター「パナソニックデザイン京都」を設置しました。従来、パナソニックの家電のデザイン部門は、黒物は大阪・門真、白物は滋賀・草津と分かれていましたが、京都に集結したんですね。
「ヘッドクオーターを京都に設立した理由の一つは、日本の文化的な首都として、日本らしい憧れの価値を、長い間生み続けている創造力の強さです」と、臼井さんは説明しました。
文化庁の京都移転も決まり、京都は名実ともに日本の文化首都ですからね。また、世界的なブランド都市でもあります。「京都なら働きたい」、という海外の有能なデザイナーがいるというのもうなずけます。
さて、パナソニックは、この「デザインセンター京都」において、家電単体のデザインから、体験価値をデザインする集団へと変革するといいます。
※パナソニックデザインセンター京都の一室
プロダクトデザインだけではなく、感性価値や体験を含めた大きな領域の「デザイン」を行うためには、デザイン戦略、情報収集、分析、色や素材など、各分野のスペシャリストが必要です。
例えば、欧州のデザイン会社では、各分野のスペシャリストリストがチームを組んでプロジェクトを進めるのが一般的といいますが、日本企業の場合、一人の担当者が一商品を一貫して手掛けるのが普通で、戦略の立案や情報の分析などは、あまり重視されてこなかった。
実際、パナソニックもそうでした。アプライアンス社デザインセンターは、京都のほか、東京、上海、クアラルンプール、ロンドンの拠点に計200人ほどが在籍します。京都にはうち150人が勤務しますが、そのうち、100人以上が、プロダクトデザイナーといいます。
「人材については、多様化を進めるため、スポーツアパレルブランドからカラーや質感といったCMF戦略のスペシャリストを迎え入れたり、社内、他部署からもエンジニアやリサーチャーをデザインに異動してもらうなど、これまで足りていなかった機能を大幅に補強しました」
と、臼井さんは説明しました。が、まだまだリサーチャーやストラテジストは少ないんですね。
パナソニックは、家電デザインにおいて、「FLUX(フラックス)」というスペシャリストチーム、つまり専門家集団の組織をつくりました。「FLUX」を率いるのは、デザインストラテジストの池田武央さんです。37歳と若く、今年4月にパナソニックに招聘されました。ロンドンを主な拠点に「FLUX」を率います。
池田さんは、フィンランド・ヘルシンキのアアルト大学でストラテジーデザイン修士を取得後、英クリエイティブコンサルティングファームのシーモアパウエルで、11年間にわたって、ユニリーバやサムスン、デンソー、日立などのグローバル企業に対するデザインストラテジーやブランドビジョンの立案、プロダクトイノベーション提案などに携わった経歴をもちます。つまり、デザイン戦略全体のノウハウをもつ人物です。そもそも、パナソニックに「FLUX」のような組織をつくるよう、提案した張本人なんですね。
池田さんは、なぜ、パナソニックに魅力を感じるのか。
「パナソニックは、生活のあらゆるところに接点となるハードウェアをもつ、いわば、『生活文化』を語る資格をもつブランドですから、やりがいを感じています」
と、意気込みを語りました。
「パナソニックデザイン京都」は、また、オープンイノベーションの場でもあります。デザイン学に注力する京都大学工学研究科と協力関係を構築しました。また、2015年以降、京都の伝統産業との共創プロジェクト「京都家電ラボ」に取り組んでいて、茶筒の老舗「開化堂」とのコラボレーション「響筒」は、19年春に商品化を決めています。フタを開けると、内蔵スピーカーから音が流れ出る。音楽を手で感じるというコンセプトです。
※「響筒」
パナソニックは、古都・京都から、新しい日本の家電デザインを発信しようとしています。池田さんは、こんな話もしていました。
「アップル、ダイソンといわれても、日本企業の人たちは距離を感じる。でも、パナソニックなら真似できる。パナが変わるということは、一社が変わる以上の意味を持ちます」
志は高いですよね。100年企業のデザインを、どこまで変革できるのか。その成果が問われます。