山崎蒸溜所の庭園の一角には、山崎蒸溜所創業当時のポットスチル型の「蒸溜釜」が飾られています。青銅色に染まった釜は、いかに、蒸溜工程が大事であるかを物語っています。
醸造工程における最後のプロセスが、まさしく蒸溜です。
蒸溜とは、アルコールと水の沸点の違いを利用し、アルコールを濃縮するとともに、必要な香味成分と不必要な香味成分を分離する作業です。
山崎蒸溜所には、釜上部のかぶとの形状やサイズの異なる蒸溜釜が16あります。タイプの異なる蒸溜釜を取り入れている蒸溜所は、世界でも極めて珍しい。
小さい蒸溜釜は重厚な味わいのモルト原酒、大きい蒸溜釜はライトで軽い味わいのモルト原酒というように、釜のサイズによって、味わいはさまざまに変化します。
蒸溜釜の使い分けによって、さまざまな個性をもつ原酒を生み出していることが、日本のウイスキーづくりの最大の特徴といっていい。
佐々木さんによると、スコットランドからの見学者から「どうして、釜の形をいろいろと変えているんですか」と聞かれたそうです。
ウイスキーの本場のスコットランドでも、一種類の釜しかもっていない。しかも、ウイスキーづくりは分業され、ウイスキーメーカーが自ら、原酒をつくることはない。
それに対して、日本のウイスキーメーカーは、自ら原酒をつくるだけでなく、仕込みから蒸溜までさまざまなつくり分けをおこなっているんですね。
これは、研究開発から設計、試作、量産までの工程を一貫して自社で行う、日本のモノづくりに通じるところがあります。日本が得意とする、いわゆる“垂直統合モデル”だ、と佐々木さんの説明を聞きながら思いました。
さらに、佐々木さんの説明は続きます。
「左側が初溜釜、右側が再溜釜です」
蒸溜釜の上部のラインアームは、上を向いています。上向きにすることにより、エキス分の高い「ニューポット」と呼ばれる無色透明な原酒がつくられます。
7%ほどの蒸溜液を蒸溜釜に入れて、下から火を焚くと、気体はどんどん上に上がっていき、ラインアームを通って外に出る。気体として出ていった蒸溜液は、冷水に入ったパイプを通り、冷やされて液体に戻ります。
今日、釜の炊き方は、コンピュータでプログラミングされています。直火蒸溜、間接蒸溜の加熱方法に違いによっても、モルト原酒の個性は違ってきます。
直火蒸溜は、蒸溜釜に直接1000℃以上の炎をあてて加熱する方式。間接蒸溜は、蒸溜釜内のパイプなどに100数十度の蒸気を通して加熱する方式です。
「直火蒸溜は、もろみがトーストされて、ちょっと焦げ目がついたような香ばしい力強いタイプのモルト原酒になる。直火蒸溜はコストがかかりますが、いま、世界的に評価されています。間接蒸溜は、すっきりと軽快な原酒になります」
蒸溜作業は、初溜と再溜の2回行われます。初溜で、発酵が終了したもろみのアルコール分を高め、香味成分を取り出し、初溜液をもう一度、再溜釜で蒸溜します。
ウイスキーに使われるのは、再溜液の中間にあたる本溜で、この部分には、理想的な香気成分が含まれています。
初溜で、7%だったアルコール度数は20数%になります。再溜では、60数%になり、ニューポットといわれる無色透明の原酒ができあがります。
とにかく、ウイスキーづくりには手間がかかるということですね。