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経済ジャーナリスト 片山修 | Osamu Katayama Official Website

片山修のずたぶくろⅡ

経済ジャーナリスト 片山修が、
日々目にする種々雑多なメディアのなかから、
気になる話題をピックアップしてコメントします。

トヨタはなぜ再び「TPS」「原価低減」といい出したのか

トヨタは昨日、2018年度3月期の決算を発表しました。売上高29兆3795億円、営業利益は2兆3998億円。純利益は2兆4939円と過去最高、日本企業最高です。

※トヨタ自動車社長の豊田章男さん

トヨタの決算会見といえば、これまで株式市場が閉まった後の15時以降が恒例でした。しかし今回から、取引時間中に発表を前倒し。従来40分程度だった会見は、二部構成になりました。前半は副社長の小林耕士さんが、前期の決算説明と今期見通しを説明。後半は社長の豊田章男さんがスピーチしました。質疑応答では手が多く挙がり、章男さん自ら、時間を伸ばすように指示して、結果的に約2時間の会見となりました。

なぜ、取引時間中に長時間にわたる会見をしたかといえば、投資家に理解を深めてほしいからです。会場には、大手銀行や保険会社などのトップの姿がありました。異例のことです。このやり方には、賛否両論があるでしょうね。

トヨタの今期の研究開発費は、過去最高の1兆800億円の見通しです。いま、トヨタは、コネクティッド、自動運転、シェアリング、電動化のいわゆる「CASE」に対する投資がかさんでいるのです。これらは、長期的な投資が欠かせませんが、収益化には時間がかかる。つまり、投資家にも、長期的な視点で付き合ってもらう必要があるんですね。

さて、章男さんは、スピーチで何を強調したか。

「トヨタの強みは『TPS(トヨタ生産方式)』と『原価低減』です。自分たちの競争力であり、お家芸ともいえるこの二つを徹底的に磨くことは、いまを生き抜くだけでなく、未来を生き抜くためにこそ必要だと考えているのです」

章男さんのメッセージは、「いいクルマをつくろうよ」のときもそうでしたが、一見、当たり前すぎて理解するのが難しい。なぜ「100年に一度の大変革の時代」に、いまさらのように「TPS」と「原価低減」なのか。少なくとも、新鮮味は皆無です。

ただ、「TPS」と「原価低減」といっても、章男さんが求めているのは、新次元の「TPS」であり、新次元の「原価低減」なんでしょうね。

というのは、「TPS」の一つ、「ジャストインタイム」についていえば、今後、トヨタが自動車会社からモビリティカンパニーになるにあたり、また、時代がIT化へと大きくふれているおりから、「ジャストインタイム」という概念自体が大きく変化しています。章男さんは、それを、「必要とされるサービスを必要なときに必要なだけ提供する世界」とし、「ジャストインタイム・サービス」と表現しました。

「ジャストインタイム・サービス」の実現には、クルマをコネクティッド化するだけでなく、販売店、さらにパートナーとしてサービスを提供する企業、つまり、タクシー会社やアマゾン、ピザハット、滴滴出行などの企業すべてが、ジャストインタイムのオペレーションを実現しなければならない。まさに、新次元の「TPS」です。

「原価低減」は、どうか。前述の通り、トヨタの研究開発費はかさんでいますが、米アマゾンの2兆4000億円超、グーグルの親会社アルファベットの1兆8000億円超など、トヨタの新たなライバルとなるテクノロジー企業に比べれば、見劣りする。ライバルに対抗するための資金を生み出すため、重要なのが、「原価低減」なんですね。

もっとも、私は近年、トヨタの決算発表で、原価低減についての言及が減っていることが気になっていました。かねてから、トヨタの原価低減能力は年間3000億円といわれます。が、会社の規模は大きくなっているのに、原価低減能力が大きくならないのは、不思議です。

ちなみに18年3月期は、「原価改善の努力」が1650億円の増益要因で、原材料費の高騰を差し引けば、実質的な「原価低減」は約3350億円といいます。これは、18年3月期、トヨタが減益予想から上方修正を繰り返し、過去最高益に着地した理由の一つでもあります。だからこそ章男さんは、18年3月期の決算を、「たゆまぬ改善という『トヨタらしさ』があらわれはじめた決算」と表現しました。

このように、製造原価は、年間3000億円以上の「原価低減」が根付いている。

しかし、小林さんは、記者の質問に答え、トヨタ全体の固定費が年間2000億円以上、5年間で1兆円以上も増加していることをあげ、こう続けました。
「『TPS』と『原価低減』は、目新しい言葉ではありません。でも、われわれの仲間たちにとって、本当に血と肉となっているかというと、私はそうは思っていません」
つまり、5年間で増えた1兆円の固定費を、原価低減で圧縮したい。その思いは、切実だったでしょう。その意味で、トヨタは、なにごとにつけ“ユルい”会社になっていたわけです。

今後の課題は、製造現場より、「事技系」、すなわち事務員、技術員などホワイトカラーの現場の「原価低減」なんですね。
「会議のムダ、上司への根回しのムダ、資料づくりのムダ、調整のムダ。『現地現物』というトヨタ用語がありますが、肩書がどうあれ、現場で話をするのがいちばん早く解決するんです。それが、いつの間にやら、階段をあがって決済をするようになっている。すると、決断が遅れる。読まない資料まで忖度してつくるのは、“工数”のムダです」
と、小林さんはいいます。

トヨタほどの大会社になると、それらのムダは、積もり積もれば1兆円にもなってしまう。

ムダなことを辞め、仕事のプロセスを変え、ホワイトカラーの現場の正しい仕事の“工数”をつくれば、さらなる「原価低減」が進むというんですね。

※副社長の小林さん(左)

章男さんは、09年に社長就任後、リーマンショック後の赤字脱却や、大規模リコールなど“外”からもたらされる難題を乗り越えてきました。次なる課題は、「TPS」と「原価低減」を進化させられるか、すなわち、「トヨタらしさを取り戻す戦い」と、章男さんはいいます。100年に一度の大変革期に、トヨタ自身が変われるか変われないか、いわば“内”なる闘いです。

章男さんの手腕は、ここでも発揮されるでしょうか。

 

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