また、製造業の不祥事です。油圧機器大手のKYBとその子会社のが、免振・制振装置の性能検査記録データを改ざんしていた。全国で986件の建物に使われているといいますから、他人事ではありません。
「制振用オイルダンパー」と聞いて、私が真っ先に思い出したのは、東京スカイツリーです。スカイツリーに使われているダンパーも、不適合品かは不明ですが、KYB製です。私は2012年に、『東京スカイツリー 六三四に挑む』(小学館)を上梓しましたが、取材のなかで、ダンパーの話も聞きました。以下、該当箇所を少し引用してみます。
「スカイツリーには、制振システムとして『心柱制振』が採用された。
『心柱』は内部に二つの避難階段をもつ直径8mの円筒状で、タワーの塔体中心部に、地面から高さ375mまで通っている。塔体と『心柱』の間には、約1mの隙間が設けられている。高さ125m以下の部分は、鋼材により外側の塔体と一体化されているが、125mから375mまでの間は、96台のオイルダンパーでつながっており、タワーが揺れた際、『心柱』がタワーの内壁に衝突しないよう制御する」
当時、建設現場に何度も足を運び、設置されたダンパーも見せてもらいましたよ。
※東京スカイツリーの心柱に設置されたオイルダンパー
スカイツリーの関係者の話によれば、地震や風の揺れに対し、「心柱」の上部は、鉄骨構造とは異なる方向に動いて揺れを相殺する。構造物全体で最大50%揺れを低減するということでした。
実際、スカイツリーは、2011年3月18日に完成時の高さである634mに到達しましたが、じつは、その直前の3月11日、東日本大震災に見舞われています。しかし、不都合はなく、スカイツリーは無事でした。
さて、肝心の今回の不正問題ですが、疑問点の一つは、なぜここまで製造業で立て続けにデータ改ざん問題が起きるのか、ということですね。
日産、スズキ、スバルなど自動車メーカー各社や、神戸製鋼、三菱マテリアル、東レの子会社など大手のデータ改ざんや不正問題が次々と表に出てきています。なぜ、これほど続くのか。
一つは、「検査」に対する意識の低さです。モノづくりの現場はしっかりと役割を果たしていても、最後の「検査」が軽視されている。
コンプライアンス(法令順守)意識が低い。さらに、管理体制の甘さ、すなわちガバナンスが機能していないことが指摘できます。
さらに、人手不足です。自動車メーカーもそうでしたが、「検査」の工程は、現状、手を抜きやすいシステムになっている。モノをつくる作業は人が行わなければ進みませんが、「検査」は、人が足りない分、不正で誤魔化すことができてしまう。
つまり、人手不足の影響をもっとも受けやすいのが「検査」です。本来、もっとも慎重に行われるべき「検査」の工程で不正が横行する原因の一端は、人手不足にあるのは間違いありませんね。
KYBのケースでは、検査で基準値を外れると、ダンパーの分解や調整に3~5時間かかることもあるといいます。そんなことをする人手はない。時間もない。だから不正に走ってしまったというわけです。
再発防止に向け、まずは、第三者委員会などを設置して、客観的な視点から、徹底的に不正の原因を解明することが求められます。加えて、人手不足が続くなかで、いかに不正を起こさない、起こせない組織体制、システムをつくっていくかが問われます。
そして、断るまでもありませんが、コンプライアンス意識の向上ですね。組織全体の意識改革は簡単なことではありませんが、トップのリードなしに組織文化や社員の意識は変わりません。ガバナンスを強化し、不正を許さない組織に変えていくことです。
現場力は、長く、日本の製造業の競争力の源泉といわれてきました。開発や生産の「現場力」が衰えているとは、私は思いません。むしろ、劣化しているのは管理能力であり、マネジメント、ガバナンスの力でしょう。
人口減少が続くことで、社会にひずみが生まれている。続発する不正は、そのあおりです。組織やシステムの在り方を、人口減少時代に合った形に、根底から見直すことが求められています。いずれ乗り越えなくてはならない壁に、ぶち当たっているといえるでしょう。