アロマサーキュレーターという家電を、ご存じでしょうか。付随のパッドなどにアロマを垂らしてセットし、サーキューレーターで部屋に香を拡散させるものです。ネット通販などでは、2000円から3000円程度のものが多い。ところが、7万3800円(税別)のアロマサーキュレーターが、「FUMA」から発売されます。
※FUMAの「香り導くサーキュレーター」
「FUMA」とは何なのか。新ブランドで、プロデュースしているのは、2003年に、パナソニックのベンチャー支援制度からスタートした「着るロボット」をつくるベンチャー企業のATOUNです。現在、パナソニックが69.8%、三井物産が29.9を出資しています。
なぜ、「FUMA」のアロマサーキュレーターは、7万円以上もするのでしょうか。
理由は、伝統工芸品とのコラボレーションにあります。このサーキュレーターに羽はなく、風の吹き出る球体の部分は、有田焼、もしくは南部鉄器でできている。当然ながら、一点一点、手づくりです。さすがというべきか、しっとりと品のあるインテリアの佇まいです。
「『FUMA』は、工芸士さんに無理をしていただかないというコンセプトの下にあります。大量生産できるデバイスと、手作業の製品が同じ土俵で戦っては、手作業が死んでいくだけです」
と、ATOUN社長の藤本弘道さんはいいます。
※ATOUN創業者の藤本さん
FUMAのアロマサーキュレーターが提供するのは、風であり、香りであり、風に乗って香が運ばれてくる部屋という体験です。そして、伝統工芸品のもつ味わいです。あえていえば、空間価値でしょう。
単なる家電製品は、つねに、コモディティ化による価格競争と戦わなければなりません。しかし、例えば、職人がつくり込む家具は、木製の椅子一脚に10万円でもお金を払う人がいます。それは、そのモノがもつ価値に加えて、モノが生み出す空間価値を評価するからです。
ATOUNのアロマサーキュレーターもまた、家電というより、家具、またはインテリアとしての価値や、空間にもたらす価値を評価してもらわなければならない。ブランディングやマーケティング戦略も問われます。
「ロボットで活かしてきたアイデアや企画してきたことと、アジャイルなモノづくりの手法を利用し、最新の電子機器やテクノロジーと伝統的な技能を組み合わせていくお手伝いをさせていただくのが『FUMA』プロジェクトの根底にあります」
と、藤本さんはいいます。
ATOUNに限らず、パナソニックはいま、いろいろなチャレンジを始めています。
パナソニックの家電事業には、社内公募から新規事業創出に取り組む「ゲームチェンジャーカタパルト」があります。京都の伝統工芸ともコラボしています。シリコンバレーで試作品をスピーディーにつくる「パナソニックβ」も動いています。社外からイノベーターを募って支援する「渋谷100BANCHI」もありますし、綱島サステナブルスマートタウンでは、学生や地域と一緒になって、まちのイノベーションアイデアを事業化する活動もしています。
先月には、IoTベンチャーのセレボの子会社シフトールを買収しました。セレボの創業者でシフト―ルのトップを務めるのは、もともとパナソニックを辞めて起業した岩佐琢磨さんです。いずれも、大量生産大量消費時代の企業風土を打破するための取り組みです。
ATOUNは、すでにスピンオフして成果をあげつつありますから、これらの取り組みのなかではやや先輩格ですよね。
じつは私は、昨年末以降、2度にわたって藤本弘道さんにインタビューする機会がありました。藤本さんは、簡単にいえば、自分がやりたいことをやるために、パナソニックの既存の組織から飛び出してしまった人です。奈良県にある本社で、たくさんのロボットを見せてもらいながら話を聞きましたが、なかなか成果を出せない苦節の時を耐えて、しつこく頑張ってきた人です。彼のような人が活躍できる場であることは、これからの時代に生き残っていける会社の条件ではないでしょうかね。
パナソニックは、2011年度12年度の計約1兆5000億円の赤字から、ようやくここまで元気になったか、という印象を受けます。新しい取り組みを次々とはじめられるのは、体力が回復した証拠です。しかし、安心している暇はない。次は、これらの取り組みの芽を、将来へ向けていかに大きく育てていくかが問われています。