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経済ジャーナリスト 片山修 | Osamu Katayama Official Website

片山修のずたぶくろⅡ

経済ジャーナリスト 片山修が、
日々目にする種々雑多なメディアのなかから、
気になる話題をピックアップしてコメントします。

岩の原葡萄園物語2 ―畑と石蔵の秘密―

岩の原葡萄園社長の棚橋博史さんに、園内を案内してもらいました。

まず向かったのは、畑です。
「ビールや日本酒、ウイスキーでは、お米や麦をグツグツ炊いて、ノリ状にする『透過』という工程があり、これをとても大切にします。ワインには、『透過』の工程がありません。その代わりが、ブドウ栽培なんです」(棚橋さん)
ワインづくりは、畑から始まっているんですね。

畑では、ちょうど、剪定作業中でした。
「今年伸びた枝を、来年伸ばす枝の芽を残して、切るんです。もう、ほとんど裸にしていきます。通常、2月、3月にやる作業ですが、岩の原では、これを11月に行います。雪がたくさん降っても、折れたりしないようにするためです」
棚橋さんの説明です。

岩の原葡萄園には、冬場、雪が2メートル近く積もります。葡萄の木は、頭まで雪に埋もれてしまうそうです。棚橋さんの説明によると、
「冬場の葡萄園は、いつ雪崩が起きるか、足を滑らせて転落してしまうかわかりません。カンジキをはいて、月に一回くらい、恐る恐る、積雪がどれくらいになっているかを見にいくだけです」
厳しい環境ですよね。

ですから、さまざまな工夫がされているんです。
例えば、ブドウの木を、どのような形に育てるか――。

ヨーロッパでは「垣根仕立て」が一般的ですが、日本は雨や日光が多いため、垣根仕立てにすると、ブドウが茂りすぎてしまいます。そこで、いったん幹を上に伸ばし、枝を高いところにあげ、そこから横に伸ばす仕立て方をします。なかでも、枝を左右一直線に伸ばし、梢を短く刈り込むのが「一文字短梢仕立て」です。
「これは、日本で編み出された技術です。同じ高さにブドウがずらりと横並びになり、品質が一定化し、作業もしやすいんです」とは、棚橋さんの解説です。

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※一文字短梢仕立ての畑

ほかにも、雪の重みで枝が折れないようにするための、さまざまな工夫がされています。
「これは、交差分離といって、岩の原にしかない仕立て方ですね」(棚橋さん)
Yの字に枝分かれさせると、雪の重さを直接受けて、幹が割ける。そこで、枝を人工的に交差させることで、弾力性をつけ、木が裂けるのを回避しているのです。
さらに、よその畑にはない、雪対策用の太い杭を打ち、ブドウの木を支えるんですね。

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※交差分離された枝

近頃、葡萄園を始めたいという人たちが、しばしば岩の原葡萄園に見学に訪れるそうです。
「岩の原でもできるのだから、大丈夫です、と励ましていますよ」(棚橋さん)
寒い地域で葡萄園を始める人たちに、雪対策の指導もしているそうですよ。

「一文字」に対し、自由に枝を伸ばすのが、「X字仕立て」です。「ヘリテイジ」のブドウは、凝縮した味の濃いブドウを実らせるため、一枝に1~2房しか実らせない管理が行われています。
「枝の伸び方は、土地によって違うので、長い間見ていないとわかりません。ベテランのつくり手は、同じ場所に居続けて枝づくりをしているんです」(棚橋さん)

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※左から「ヘリテイジ」と「マスカット・ベーリーA」

また、「ヘリテイジ」の畑では、地中に土管を埋め込み、水はけをよくすることで、ブドウの木が吸い上げる水を減らす「水分ストレスコントロール」が行われています。ブドウの味を凝縮するためです。「一文字短梢」と、「X字」とでは、同じ品種のブドウでも、できる果実の味は、まったく異なるというから、驚きますよね。

次に向かったのは、「マスカット・ベーリーA」の畑です。
「草の感じが、さっきの畑と違いますでしょう。なんというか、しっとりしている。春には、タンポポなどがたくさん咲いて、お花畑になるんですよ」(棚橋さん)

というのは、ここでは、有機栽培が行われているんです。
「2004年から有機栽培に取り組んでいて、10年経ったいまは、完全に有機の畑になっています。ただ、有機というと、“安心安全”のイメージが強いんですが、それはまったくねらっていません。そうではなくて、われわれは、ワインで『この土地を表現するため』に、有機にしているんですね」(棚橋さん)

これは、どういうことでしょうか。
ワインは、収穫したブドウを潰し、発酵させてつくります。発酵に欠かせないのが、酵母菌です。多くのワインメーカーでは、酵母メーカーがつくった酵母を購入して使ったり、自社で代々受け継ぎ、管理している酵母を入れるなどして発酵させています。

しかし、酵母菌は、従来、葡萄の皮に付着しています。「マスカット・ベーリーA」では、酵母を後から入れるのではなく、畑に実った果実の皮に付着している“自生酵母”を使って、自然発酵させてワインをつくっているんです。

「薬を使って病気を防ぐと、菌が死んでしまいます。また、化学肥料を使う場合と、有機栽培の場合では、畑の植性がまったく変わってきます。この土地の、畑の本来の姿を表現するためには、有機栽培でなければいけないんですね」(棚橋さん)
有機の畑こそが、その土地特有の酵母を育み、その酵母がワインをつくります。すなわち、“土地を表現”するための酵母は、有機の畑でなければ育たないんですね。

ただし、当然、有機栽培には手がかかります。虫は、見つけて手で駆除します。病気にならないためにも、木を使います。例えば、枝は「Hの字」に伸ばし、風を通して、病気や虫をつきにくくしているんです。

次に案内されたのは、石蔵です。
「雪でブドウ園にいけない間は、貯蔵庫でワインづくりをしています。創業者の善兵衛さんは、ワインづくりによって、冬の雇用を確保することも狙っていたんですね。
この石蔵は、現存するワイン用の石蔵としては日本最古で、国登録有形文化財です。120年前の明治28年につくられました。地下水を使って、夏でも低温に保っていたんですね。現在は、樽熟の倉庫として使っています。クーラーを使っていますが、かつては、使わずにやっていました」(棚橋さん)

地下水より、もっと低温にするためにつくられたのが、第二号石蔵です。こちらは、明治31年につくられ、いまだに現役で、上越市の指定文化財です。

「発酵のキモは温度管理です。樽発酵は、冷却できないので、放っておくと40度近くなります。つねに風を当てて、冷やさなければいけないんです。
日本では、端麗辛口の日本酒は新潟や秋田県。暖かい九州の熊本や鹿児島になると、蒸留酒の焼酎が増えてくるんですね」
棚橋さんの解説です。

第二号石蔵では、発酵中のワインを冷やすため、現在も雪室が使われています。冬の間に雪をため込み、フタをして、自然の力を借りた温度管理がなされているのです。

ちなみに、ワインの“熟成”には、種類が二つあるそうです。
「日本語では“熟成”と一言で表しますが、フランスでは、ワインは樽の熟成期間をエレバージュ(elevage・飼育)、瓶の熟成期間をヴィウ(vieux・老化)と呼んで、目的も区別しています。ちなみに、ウイスキーの熟成は、ヴィエイスモン(vieillissement・加齢)で、円熟味をもたせる目的です」(棚橋さん)

うーん、奥が深いんですな。

ああ、書くのを忘れましたが、ここに棚橋さんの略歴を紹介します。
棚橋さんは、サントリー酒類研究所に勤め、1990年から92年にかけてフランス・ボルドー大学ワイン醸造学研究所に留学。その後、生産部、酒類研究所課長を経て、03年から登美の丘ワイナリー製造技師長、14年から岩の原葡萄園の社長をされています。
ちなみに、説明は懇切丁寧で、大学教授の講演を聞いているようです。スゴイ人です。
間違いなく、“ワイン博士”ですね。

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