「ナノカー」をご存じでしょうか。“分子の車”です。
フランス南西部のトゥールーズの国立科学研究センターで28日、世界初の国際「カーレース」が開幕しました。レースで走るのは、その「ナノカー」なんですね。
「ナノカー」は、分子でできた全長数ナノメートル(ナノは10億分の1)の車です。特殊な顕微鏡で「ナノカー」の位置を見ながら、微細な針で電流を流すと、分子が振動して進む仕組みです。
コースは、金基盤の表面にできる全長100ナノメートルのうねりです。36時間の制限時間内に完走できるかを競います。
いったい、なぜ、分子の車なのか?どうして、わざわざレースをするのか?
分子は目で見ることはできません。基礎研究の分子研究は地味な世界で、注目される機会は多いとはいえません。
とはいえ、分子研究は大きな可能性を秘めている。2016年のノーベル化学賞は、「分子機械」という分野が受賞対象になりました。将来は、血管に入れてがん細胞を攻撃するなど、医療への応用が期待されています。
「ナノカー」レースには、そのような分子研究を広く、そして深く知ってもらいたいという化学者たちの強い思いがあるといっていいでしょう。
レースには、日本と欧米から合計6チームが参戦します。日本からは、独立行政法人の研究機関「物質・材料研究機構」のチームが出場します。
日本の「ナノカー」は、「ビナフチル」という分子2つを別の分子1つでつないだかたちで、蝶のような形状です。
興味深いのは、6チームのそれぞれを自動車メーカーが支援していることです。フランスはプジョー・シトロエングループ、ドイツはフォルクスワーゲン、日本はトヨタがスポンサーです。
「ナノカー」は、科学的にはおもしろくても、実用化されるわけではありません。そんな「ナノカー」に各国を代表する自動車メーカーがスポンサーとしてつき、自国チームを支援している。
国をあげての分子研究への期待が感じられると同時に、各自動車メーカーの遊び心、太っ腹なユーモアが感じられるではありませんか。
しかし、じつは「遊び心」とか「太っ腹」という話ではないんです。自動車メーカーには、「ナノカー」レースを支援する立派な理由があるんですね。
自動車メーカーはこれまで、新しい素材を素材メーカーから購入してきました。ところが、開発のステージを上げるには、素材の開発に深く関わることが重要になってきた。
つまり、クルマの性能を引き上げるには、狙った通りの素材を設計することが不可欠なんですね。
例えば、素材の化学的、物理的特性を分子レベルにさかのぼって解明すれば、クルマのデザインやサビ止め、塗装、溶接の表面加工などが、より的確にできますね。
つまり、素材を分子レベル、原子レベルにさかのぼって開発することが必要だということです。
もはや、クルマづくりは、分子レベル、すなわちナノレベルからスタートするといっても過言ではない。自動車メーカーが「ナノカー」レースを支援する理由は、ここにあるといえるでしょう。
いまやクルマをめぐる技術開発競争は分子レベルまで広がっているんですね。